Friday, October 19th, 2018

THE HERMÈS EFFECT
エルメスのシルク王国へようこそ

text benedict browne photography kim lang

エルメスのシルクのプリントタイと織りタイ。左から、トランプ柄、チェス柄、ハウンズトゥース&ストライプ、サッカーゲーム柄。この発色のよさこそ、エルメスの真骨頂だ。小剣の裏には、チェスボード、びっくり箱など、ユーモアあふれる意匠が隠されている。シルクの王、エルメスを代表するアイテムだ。
すべてシルク100% 各¥24,000 all by Hermès
(エルメスジャポン Tel.03-3569-3300)

トレンドは追わない

 多くのラグジュアリーブランドが、シーズンごとに押し寄せるトレンドの波を後追いしているが、エルメスは違う。
「エルメスのビジネスは、ちょっと変わっています。多くのブランドがトレンドを予測するエージェンシーからアドバイスを買っていますが、私たちはそんなことはしません。エルメスはデザイナーの自由なクリエーションに、すべてを任せているのです」
 部門には14人のデザイナーがおり、彼らのデザインが承認されると、製版チームがコンピューターを使ってトレースし、色ごとに分割する作業を行う。これには高度なテクニックと多くの時間が必要だ。30色で構成されたデザインの製版にかかる時間は、1色ごとに専用のスクリーンが必要となるため、400~600時間にのぼる。メンズ向けスカーフの色数は、レディス向けほどは多くないにもかかわらずだ。
「デザインの良し悪しについての判断は、人によって異なりますから、難しいですね。しかも、美しいデザインのスカーフであっても、発色がよくなければ、まったく売れないこともあるのです。複雑で手の込んだデザインを、鮮やかな色彩で仕上げることが大切なのです」
 製版が完了すると、スチール製の網の上に張ったポリエステル製メッシュにデザインを転写し、スクリーンを作成する。ここで最も重要なのは、スクリーン全体の張り具合を均一にすることだ。30年以上にわたって、この技を磨き続けている職人もいる。
 次に、紫外線のもとでスクリーンのデザイン部分に感光性のゼラチンを吹き付け、インクがその部分を通過しないよう処理する。その後、訓練を積んだベテランの目で、スクリーンに欠陥がないかをチェックする。印刷時には、ひとつの小さな不備が工程全体に影響を及ぼすケースがあるため、検査は綿密に行われる。
 チェック済みのスクリーンは、色彩設計と印刷を担当するアトリエへと運ばれる。近代的なこのアトリエは、長さ約100メートルに及ぶ複数の印刷台を備えている。
 デザインと色の組み合わせを決めるのは、カラリストの仕事だ。染料を、植物ガムや地元の新鮮な湧き水と調合するのだ。正しい色のバランスを見つけるのは、厳密な計算と顔料の化学的性質を考えなければいけないため、きわめて難しい。ゴワノー氏の言う“勝利の方程式”が決定するまで、何十回も試行錯誤が行われる。
 ゴワノー氏によって色が承認された段階で、どこまでも続いているかのような長い印刷台にスクリーンを準備する。このとき、シルク生地が動かないよう、印刷台には接着剤を塗布する。続いて、スクリーンを1度に1枚ずつ使用し、職人のひとりひとりがそれぞれの印刷状態を念入りに点検する。輪郭から刷り始め、次に繊細なディテールを刷っていく。シルクの空白は、まばゆいばかりの色彩で満たされていく。
 100%のシルクに印刷する場合は、前後方向に2回刷りする。カシミヤとシルクの混紡の場合は、その2倍となる。インクの粘度によって印刷速度も変わる。さらに、スクリーンの洗浄時に使った水が完全に乾いていないと、この工程がすべて台なしになる場合もある。
 こうして印刷した長いシルクの生地を固定、洗浄、乾燥して柔らかく仕上げることで、エルメスが長らく称えられてきた極上の手触りが実現する。その後、生地は別の工房へ運ばれ、裁断と縁かがりが施される。この工程は手仕事で、寸法や織りに不備がないかもすべてひとつひとつ入念にチェックされる。エルメスの職人たちは、本当に丹精を込めた仕事をしているのだ。

スカーフは新しいタイになる!?

 エルメスのネクタイはそれぞれ、2枚のシルク製パネルで構成されており、2枚の芯地で補強されている。端がV字形になるように折り合わされ、端から端まで中央を、長さ1.7メートルの1本の糸で、手縫いされている。ネクタイの内側にはたるみ糸があり、形くずれしたら、たるみ糸を引いて元の形に直すことができる。ラベルは、同じ糸を使い、先端から8インチの位置に4点で縫い付けられる。
 エルメスのスカーフの仕上げには、縁を丸めてかがり縫いする“ルロタージュ”という高度な技法が使われている。この技法では、とりわけ角の処理が難しい。熟練した縫製職人たちは、巧みな技で縁を固定する。
 ドレスコードがよりカジュアルに変化しつつある今、ゴワノー氏はスカーフを“新しいネクタイ”と呼ぶ。
「スカーフは実用的なアイテムです。暖かいし、手軽に装いを変えられます。外すのも簡単です。基本的にはカジュアルですが、結び方によってはフォーマルな雰囲気も出せます」
 男性がかつてないほどスカーフを購入しているという事実が、このことを物語っている。
 エルメスのシルクアイテムがもたらす官能的な風合いの前には、その値札も霞んで見える。そこには、過去の時代や場所を鮮やかに思い起こさせる力がある。
 エルメスは、何千もの人で構成された巨大な車輪だ。リヨンで出会ったさまざまな職人の数も、きっと100名は下らない。そのひとりひとりが必要不可欠な存在なのだ。エルメスが180年を経てもファミリー企業であるという事実は、他にはない“誠実さ”の存在を感じさせる。そしてその精神を、この偉大なメゾンのために働くすべての人々が、体現しているのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 22
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