SPIRITUAL LEADER

バレンシアガの伝説

August 2019

text stuart husband

パリの自宅でくつろぐ姿、1959年。

「バレンシアガが出てくる前、お洒落な女性は仕立ての良いスーツとブラウスに帽子を合わせていたが、バレンシアガはブラウスを取り去り、コートのサイドと首の後ろを開き、肘と手首の間で袖を切り、肩に厚みを持たせ、縫い目をすべて表に出し、犬の形をした帽子を頭に乗せた。挑発的なフォルムやルーズフィットのスラックスはどれも、この孤高の巨匠が生み出したものだった」

修道院のようなアトリエ その評判を高めていたのは、修道院を思わせる彼のアトリエだった。ディオールのメゾンはにぎやかだが、バレンシアガのアトリエは静かで、「好奇心の強い女性は、ここでは歓迎されない」をモットーにした厳格な門番、マダム・ルネに守られていた。

 とはいえ、殺風景な場所だったわけではない。歴史家のポール・ジョンソンは、こう書いている。

「アーティストのジャニーン・ジャネットがデコレーションを手がけたショーウインドウは、パリでもひときわ素晴らしく、フォーンやユニコーンをかたどったバーチ材の彫刻が目を引いた。中に入ると、スペイン風のタイル張りフロアにオリエンタルなラグ、ダマスク模様のカーテン、鉄製の調度品、そして、ふんだんに使用されたコルドバレザー。エレベーターもレザー張りで、セダンの椅子が置かれていた」

 仕事中のバレンシアガをとらえた写真はほとんどない。残っているのは、黒のトラウザーズとセーターに白衣を羽織り、生地や物差しが積まれたテーブルで作業を取り仕切る姿を写したものだけだ。

 ポール・ジョンソン曰く「ピウス12世時代の古風な枢機卿のような立ち居振る舞いだった。怒ることがあっても、イライラして足を動かすだけで、声を荒げることは決してなかった」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 21
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