September 2020

MR.NO

俳優:パトリック・マクグーハン
ボンド役を断った男

text frédéric brun

『秘密命令』のバブルガムのカード。

 その人らしい優雅さというのは“自由”の一部である。外見の重要性を理解していた彼は、衣装に関して明確な考えを持っていた。手の込んだセットのデザインや、エーロ・アールニオによる名作チェアなどの小道具に関しても同様だ。主人公の愛車ロータス・セブンは自由の象徴であり、看守たちが乗るオースティン・プリンセスの霊柩車と対極をなしている。職を去ったばかりの主人公がどこかの島へヴァカンスに行くオープニングでは、優雅な黒いスーツをニットシャツの上に纏っている。ノーネクタイなのは、任務用の正式な服装をしていないためだ。

 このように彼は、場面に合わせて象徴的な装いを的確に見立てたのである。スーツを仕立てたのは、当時ダグラス・ヘイワードと衣装を共同製作したディミ・メジャー。ヘイワードがマウント・ストリートに自分の店を開き、ロジャー・ムーアやマイケル・ケインのような著名人を顧客に持つテーラーとなるのは、この後のことである。『プリズナーNo.6』の最終話で、主人公はようやく“自分らしく”装うことを許される。自分の黒いシティスーツと、洒落た黒のチェルシーブーツを身に着けられるのだ。架空の舞台となっている、現代主義の悪夢ともいうべき“村”において、人々はカジュアルな服装をし、常にスニーカーを履いていた。アイデンティティーも個性もないままに。

「僕は気難しい、神経質だ、わかりづらいと非難されたこともあるけれど、それはただ、最終的な制作物をできるだけ完璧にしたいからなんだ。中には僕を好きじゃない人もいたかもしれないね」

 完璧というものが、マクグーハンにとっての“プリズン”だったのである。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 35
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