LIGHT YEARS

輝かしきナイトクラブの時代

November 2016

text james medd

1979年、スタジオ54でのビアンカ・ジャガー、ファッションデザイナーのホルストン、ライザ・ミネリ。

地位ある者たちの社交場 アナベルズを設立したのは、ジョン・アスピノールを中心とした貴族のグループ。アスピノールは、メイフェアのクレルモン・クラブで合法的なギャンブルクラブを開業することに成功した人物だ。

 グループの一員であったマーク・バーリーの妻にちなんで名づけられたアナベルズは、表面上はみすぼらしかった。石炭貯蔵庫だった地下を改装した場所で、照明は薄暗く、ダンスフロアは非常に狭かった。人目につかない立地で、郵便局に住所が登録されるかどうかも怪しいほどの存在感だった。

 しかしアナベルズの本当の魅力は、言葉では表現しにくい部分にある。主人の存在は大いに関係があるし、貴族向けの宿泊部屋のような装飾様式も魅力につながっていただろう。タイミングも少なからず影響している。

 根っからの社交家だったギリシャの作家、タキ・テオドラコプロスも「もしマーク・バーリーがいなければ、あれほど長くロンドンに滞在することはなかっただろう。ロンドンは薄汚れた場所だったからね。当時は、アナベルズへ行くことが生活の中心だった」と語っている。

 アナベルズには、レジーヌズ(レジーヌの店)と同じようにフランク・シナトラやジャクリーン・オナシスのようなスターだけでなく、時には大統領や女王まで来店した。アナベルズが長年にわたってトップの座を守れたのは、常連客の高い社会的地位のおかげだったのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 08
1 2 3 4 5 6

Contents