January 2015

A MODERN GREEK DRAMA

海運王オナシスの強欲

original text nick foulkes translation mari kiyomiya

当時最大のスクーナー船「クレオール号」を操るニアルコス。

欲しいものはすべて金で手に入れる 1951年5月、オナシスは、1948年に生まれた長男アレクサンダーと1950年生まれの長女クリスティーナを連れて、南仏アンティーブ岬のシャトー・ドゥ・ラ・クロエに移り住む。

 シャトーの名の通り、宮殿のようなその大邸宅は、かつては『王冠を賭けた恋』で知られるウィンザー公爵(エドワード8世)とウォリス・シンプソン夫人の別荘であり、廃位されたイタリアのウンベルト2世の住居でもあった(近くには、ニアルコスの別荘シャトー・ドゥ・ラ・ガループがあった)。この邸宅を購入しようと考えたこと自体、オナシスが自分を王族と同等に見ていたことの証拠といえるだろう。

 シャトー・ドゥ・ラ・クロエには、魚型の水栓や金色に輝く白鳥型のバスタブ、ボタンひとつで開閉する天井を備えた部屋など、オナシス好みの派手な仕掛けもあった。しかしそれすらもつかの間の満足に過ぎず、オナシスはまたすぐに新たな「おもちゃ」が欲しくなるのだった。

 後年、オナシスは自分にとっての「おもちゃ」は、ふたつしかなかったと述懐している。そのひとつが、カナダ海軍のリバー級フリゲート艦を、当時としては前代未聞の400万ドル(約4.3億円)かけて改造したヨット、「クリスティーナ号」だ。船内にはレントゲン撮影機を備えたクリニックや、昇降させるとダンスフロアに変貌するモザイクタイルのプール、マルセル・ヴェルテスやルドウィッヒ・ベーメルマンスが手がけた壁画があった。シャトー・ドゥ・ラ・クロエでとりわけオナシスを喜ばせた魚型の水栓もデザインスキームに取り入れられ、さらにラピスラズリを好んだオナシスのために、暖炉とエーゲ海の地図がこの深い藍色の石で作られた。クレタ島クノッソス宮殿のフレスコ画を模したモザイク画さえあった。

 しかし、クリスティーナ号の仕様のなかで最も有名かつ奇妙だったのは、バーのスツールかもしれない。オナシスの捕鯨船団をモチーフにしたスツールで、フットレストはクジラの歯、カバーはクジラのペニスの皮から作られていた。特にオナシスはこのペニス皮のカバーについて、クリスティーナ号に迎える婦人たちに、「マダム、あなたはいま世界最大のペニスの上に座っているんですよ」と自慢することを楽しんでいた。その婦人の中には、かの北欧のクールビューティ、グレタ・ガルボもいたそうだ。

 ヨットの全長が60フィート(約18.28メートル)でも大きいとされた時代に、クリスティーナ号は5倍以上の325フィート(99.06メートル)を誇った。金で買えるすべてのものの集合体とでもいうべきその船には、さらに5台のスピードボートと2台のカヤック、1台のグラスボトムボートが積載されていた。オナシス同様に贅沢を愛したエジプトのファルーク1世に言わせれば、クリスティーナ号は「豪華さの最高のかたち」であった。他方で、そのけばけばしさを「下品と悪趣味の極み」と評して嫌う人も多かった。後者のひとりは、クリスティーナ号に乗船したときのことをこう回想している。

 「20フィート(約6メートル)はあろうかという天井の個室で、ルイ14世様式の内装にはピンクのタフタとゴールドが多用されていました。バスルームの床までピンクの大理石でした。しかし、実に下品な趣味とはいえ、非常に快適な部屋だったことは認めざるをえません」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 01
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