Thursday, April 19th, 2018

‘WE GOT A CALL SAYING THE FAMILY BUSINESS HAD BEEN ATTACKED.
MY LIFE IN LONDON STARTED THEN’

祖国を追われ、シガーに救われた男

text tom chamberlin photography kim lang

エドワードとトルセドールたち、そしてハンターズ&フランカウのニコラス・フリーマン(左端、現在マネージングディレクターを務めるジェマ・フリーマンの父)

夢のショップ・オープン「店をオープンしたときはトルセドレス(葉巻職人)とスーパーバイザーをキューバから2週間招きました。このスーパーバイザーはアヴェリナ・ララという紳士で、高級葉巻の父と呼ばれる大物のひとりです。トルセドレスはノーマ・フェルナンデスという若い女性でした。彼女はベイーケのファーストシリーズ(4,000本限定)を手がけ、ちょっとした伝説になっています。ふたりに来てもらったおかげで、シガーやラッパー、バインダーの最適な保存方法や愉しみ方について、いろんなことが学べました。好きなことですから、すんなり頭に入ってきました。

 ショップを開いたとき、私は他の店が思いもよらないことをやりました。ダビドフのマーケティングを展開し、“ハーパース&クイーン”などの有名雑誌に広告を出したのです。当時は堂々とシガーの広告が出せたのです。キャッチフレーズは“最高のシガーはキューバから、最高のキューバ産シガーはダビドフから”というものでした。

 しかし1990年にはこのフレーズは使えなくなりました。ダビドフがキューバで生産されなくなったのです。主力商品であるダビドフの売上げが約5パーセントにまで落ち込み、ダビドフ以外のシガーの売上が伸びました。

 タバコニスト(煙草屋)は愛煙家が求めるものをもれなく揃えるべきだというのがジノの哲学でした。シガレットもタバコもできるだけ豊富に取り揃え、パイプからライター、ヒュミドールまで、必要なものは何でも用意しておく必要がありました。1社のシガーだけを売っていたら、タバコニストは名乗れません」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 18
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