Friday, April 20th, 2018

ALL THE RIGHT MOVES

トム・クルーズ
—トップ俳優の努力と執念

これまでも、これからも、こんなにも映画に全身全霊を捧げる大スターは、きっと出てこない。
観客を楽しませたい。素晴らしい映画を作りたい。その一心で、
あらゆることに挑戦し続けるトム・クルーズ。栄光の彼方に、求めるものは。
text shiho atsumi All Photo by Photofest/Getty Images

Tom Cruise / トム・クルーズ1962年生まれ。’86年の『トップガン』でスターの地位を確立。『7月4日に生まれて』『ザ・エージェント』『マグノリア』で3度アカデミー賞にノミネート。’96年の『ミッション:インポッシブル』以降は作品製作にも乗り出し、多くの新人監督に機会を与えている。
Gavin Bond/Camera Press/Aflo

 ハリウッドの青春映画全盛の1980年代、日本に上陸した映画で最も鮮烈な印象を残したのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の『アウトサイダー』(1983年)だろう。田舎町の不良グループの対立を軸に、貧しい少年たちの友情と青春の最後のきらめきを描いた物語は、主演のマット・ディロンを筆頭に多くの若手スターを生み出した。だがもしかしたら、その中にトム・クルーズがいたことを覚えている人は多くないかもしれない。彼の真の出世作は同年公開の『卒業白書』。『トップガン』で世界的なアイドルスターとしての地位を確立するのはこの3年後だ。

 当時、一世を風靡した同世代のアイドルたちは「ブラット・パック」と呼ばれ、突然手にした大金とドラッグで80年代を遊び尽くし、星屑となった。トムがその能天気な一員に数えられていたことは、今となっては冗談のような誤解だ。18歳で観た黒澤明の『七人の侍』に感激した若手俳優は、おそらくこの頃には新渡戸稲造の著書『武士道』を読み、サムライの世界に心酔していたのだろう。

「ここに書かれているすべてのことについて、僕は生涯努力している。忠誠心、思いやり、責任感。人生を顧みて、自分がしてきたすべてのことに責任を取る、という考え。僕は、サムライとサムライの行動規範に魅せられた。『ラスト サムライ』を作りたかった大きな理由のひとつだ」

 ブラット・パックの連中が延々と似たような青春映画で稼ぐ中、トムは―彼に“アイドル”を望む観客を『カクテル』(1988年)、『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)などの作品で宥めながら―着々とアイドル路線からの脱皮を図ってゆく。その中でファンに破壊的な衝撃を与えたのは、ベトナム戦争の帰還兵を演じた1989年の『7月4日に生まれて』だろう。戦争の悲惨さを剥き出しの生々しさで描く社会派オリバー・ストーン監督による作品で、トムは下半身機能の喪失に悶え苦しみながら、やがて反戦運動に身を投じてゆく男を演じている。

「僕がこの映画に出た時、みんなが言った。“これは君のキャリアを台無しにする。なんで『トップガン』の後にこんなもんをやるんだ? 素直に『トップガン2』をやれよ”ってね。でも僕は自分自身に挑戦したかったんだよ」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 18
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