Monday, June 17th, 2019

THE WORLD IS YOURS
世界を手にした実力派俳優

謎に包まれた私生活
 アル・パチーノは酒と女性がとにかく大好きらしい。彼がよく引用するのが、「酒を飲んだせいで数多くの脳細胞が死んでしまったし、飲まなければもっといい作家になれただろうが、これほどリラックスできる方法はない」というノーマン・メイラーの言葉だ。「自分は生まれつきシャイ」だと語る彼にとって、酒はさまざまなキャラクターを演じるためのコスチュームのようなものである。「2杯目と3杯目のマティーニの間が最高に気持ちいい。飲んでいるときの自分を楽しんでいたから、酒をやめるのは難しかった」。
 アル・パチーノにとって演技と実生活を切り離すことは難しい。だから、結婚歴がないのかもしれない。「俳優は感情のアスリート。このプロセスは本当につらい。私生活が侵食される」と彼は言う。『ザ・ニューヨーカー』誌のプロフィールによると、『リチャードを探して』(1996年)の撮影中にジャクリーン・ケネディが楽屋へ挨拶に来たそうだが、「起き上がることさえしなかった」という。「その夜は役に入り込んでいたから、演じていたリチャード三世のままだったんだ。あれは申し訳なかった」。
 彼は『ゴッドファーザー』で共演したダイアン・キートンとは、くっついたり離れたりを繰り返し、映画の仕事がないときはふたりでニューヨーク郊外にしばらく引っ込んでいたこともある。ちなみに子供は3人いる。ひとり目は、演技コーチのジャン・タラントとの間に生まれた子で、『ゴッドファーザー PART III』公開の前年に誕生した。オペラハウス前の階段で娘のメアリーを失って絶叫する姿が真に迫っていたのは、私生活でも父親になったばかりだったからかもしれない。また、女優のビヴァリー・ダンジェロとの間に双子をもうけている。しかし、いずれの女性とも結婚歴はない。御年76歳の現在は、39歳年下のアルゼンチン人女優ルシラ・ソラのもとに落ち着いた。

噂されるシナトラ役
 彼の出演作を次々と観ていくと、大半の作品の上映時間がやたら長いということのほかに、これほど精神的スタミナを保ち、多彩な演技やセリフをこなし、じわじわとこみ上げてくるようなカリスマ性を発揮できる俳優はいないということに気づくだろう。感情を露わにする演技の中でも代表的なものが、妻や娘を愛するマイケル・コルレオーネ、妹を溺愛するトニー・モンタナ―つまり、過剰なまでに女性を守ろうとするが、それが悲劇につながるという件だ。古風な男らしい男ではあるが、そこにはアル・パチーノ自身の感性や独学で得た豊かな知識は実はあまり生かされていない(彼の好きな映画は『木靴の樹』と『雨に唄えば』だという)。
『スカーフェイス』の演技を評したオーストラリアの現代詩人、レス・マレーの言葉を借りれば、アル・パチーノは牧草にまみれた雄牛、埋められた月、黒い樹皮に飛び散る雨粒だ。彼は死を演じさせたら右に出る者がいないし、こってりしたアナーキーな役もこなすのである。
 まだ噂にすぎないが、マーティン・スコセッシ監督が撮る伝記映画で、彼が主役のフランク・シナトラを、ロバート・デ・ニーロがディーン・マーティンを演じるという。最後にもう一度、あの見事な演技を見たいものだ。『スカーフェイス』で、すべてを手にしたトニー・モンタナの目に映った飛行船に“The World is Yours”と書かれていたように、世界は彼のものである。

アカデミー主演男優賞を受賞した『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(1992年)。

『Manglehorn』(2014年、日本未公開)で、しがない鍵屋のマングルホーンを演じるアル・パチーノ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 15
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