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世界を手にした実力派俳優:アル・パチーノ

June 2019

text ed cripps

『ゴッドファーザー』(1972年)で、マイケル・コルレオーネが初めて殺人を犯す名シーン。

 アル・パチーノが演じたマイケル・コルレオーネは、第二次世界大戦中に海軍で活躍した英雄で、実家のマフィア稼業とは距離を置こうとしていた。冒頭のシーンでは、ガールフレンド役のダイアン・キートンを安心させようと「ケイ、これが僕の家族だ。だが僕は違う」と言う。堅気だと思われていた彼が、父の肘掛け椅子に初めて座り、汚職にまみれた警察署長を撃つと言い出すと、兄たちは笑った。しかし、実際にレストランで殺人を犯すと一変し、暴力や罪、裏切り、復讐の世界へと身を落としていく。やがて五大ファミリーのドンを暗殺し、義理の弟を殺し、裏切った兄のフレドまで粛清するのだった。冷酷さが増していく様子は、クリスマスショッピングの健全なシーンとは対照的だ。

 マイケル・コルレオーネは3部作を通じて、ビジネスとプライベートというファミリーが持つふたつの矛盾した顔に悩まされた。片方を立てようとすれば、もう片方が立たない。苦しむ彼は、子供を中絶したと告白する妻のケイを殴ることしかできなかった。アル・パチーノがより声高な演技を披露するPART III(1990年)では、大がかりな銃撃戦が展開されるが、心理的な駆け引きは少なく、先の2作よりプライベートの場面が多い。曇りゆく歌声に乗せてストーリーが展開され、最後にはイタリア・オペラの金字塔『カヴァレリア・ルスティカーナ』をバックに暗殺劇が企てられる。引退した裏社会の帝王は、娘の死に見舞われることになるのだ。ラストシーンで見せる孤独な横顔は、老いた父の面影を偲ばせ、1作目でマーロン・ブランドとアル・パチーノが演じたオレンジ畑での場面をもの悲しく思い出させる。この演技は本当に素晴らしい。アル・パチーノが彼自身の幻の父親をイメージしていたからだろう。

「知性」から「激情」の演技へ マーロン・ブランドが『ゴッドファーザー』でアカデミー賞の受賞を拒否したことは周知の通りだが、アル・パチーノもまた辞退したことはあまり知られていない(主演男優賞に輝いたブランドより演技時間が長かったにもかかわらず、助演男優賞にしかノミネートされなかった)。実際、アル・パチーノは演じた役柄と同じように反体制派であった。

 そんな彼の真骨頂は、70年代初頭の米国アートシアター系作品、中でもシドニー・ルメット監督とタッグを組んだふたつの映画の演技にある。『セルピコ』(1973年)では汚職警官に立ち向かい、『狼たちの午後』(1975年)では、恋人の性転換手術代を稼ぐために銀行強盗をする一味の中で、予想外に優しく政治意識の高い男を演じている。どちらも怒り、落ち着き、ユーモア、大胆さや弱さといったあらゆる側面での演技が素晴らしく、知性あふれるマイケル・コルレオーネに並ぶ当たり役となった。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 15
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