OUT OF THE FIRE

炎の男、ニキ・ラウダ

March 2020

text nick foulkes
issue10

ラウダと最初の妻であるマレーネ・クナウス。

 流線形で車高の低い矢のようなマシンが2~3秒後には赤々と燃える死のトラップになった。コーナーの頂点を通過する時点で、ラウダはもはやコントロールを失っており、マシンは翻弄されるまま斜面に激突する。

 レースは始まったばかりなので、燃料がたっぷり残っているうえ、片側の大部分をはぎ取られたことで、マシンは燃え木のような状態と化し、トラックを横切る形でクルクルと移動すると、燃え上がる炎にたちまち包まれた。

 4人のドライバーが停止し、長い長い55秒の末に、だらりとした人間の姿が炎の中からようやく引きずり出される。

 彼のヘルメットは衝突時にはぎ取られており、まぶたは焼け落ち、耳はねじれたキノコのような、ぴらぴらした肉になっている。頭皮は火傷し、顔かたちは黒ずみ、血にまみれ、火ぶくれを起こし、異様な人間の顔もどきになり果てており、肺は高温の有毒ガスによって焼かれている。

 彼は病院で、臨終の人に施される秘跡さえ受けることになる。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 31
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