September 2019

LATE NIGHTS LISTENING TO THE SUN SESSIONS

悲劇に見舞われる前の天才
若きエルヴィス・プレスリー

text g.bruce boyer

熱心なファンに囲まれるエルヴィス(1956 年)。

 プレスリーは、ミシシッピデルタを発祥地とするブルースベースの音楽が持つ伝統や、幼少期にミシシッピ州テュペロのアセンブリー・オブ・ゴッド教会で耳にし、歌ったゴスペル音楽を身につけていた。ラジオ、地域の酒場、巡業公演で披露される流行歌に溶け込んでいた。創造性に富むポピュラー音楽に関しては、これがアメリカ式だった。

 サンを去ってからのエルヴィスは、レコーディングセッションのたびにずるずると流され、自分のルーツからどんどん離れていった。彼とサム・フィリップスの関係を壊し、ハリウッドに向かわせ、ルーツから引き離した張本人は、おそらく彼のマネージャーであったトム・パーカー大佐だろう。

 彼が遺したものは、今やひどく色褪せ、安っぽいスター性にまみれ、悲しいほど不健全な道楽ばかりが目立ち、強欲に毒され、けばけばしい金儲け主義に染まっている。だが、この有害な文化的汚染から我々自身を解放する方法がある。それは、彼の歩みがどのように始まり、何を意味していたかを思い出すことだ。

 彼はやがて、痛々しいほど凡庸で情けない映画に出演し、ラスベガスのステージでラインストーンだらけのお決まりの姿を披露し、肥満、薬、超心理学、孤独、狂気の迷路に入り込んでいった。

 だが20世紀半ばに、カリスマ性と音楽精神に満ちた美しい若者が、メンフィスにある小さなインディペンデント系レコーディングスタジオに足を踏み入れ、我々が想像もできなかった輝く未来を垣間見させてくれた時代を、忘れずにいようではないか。

 夢見た若者は夢を実現できずに終わり、初期のレコーディング曲を聴いた人々が期待した未来は来なかった。だが喜びをもたらす初期の名曲の数々を聴くことは、今でも可能なのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 30
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