Wednesday, July 8th, 2015

EMPIRE OF THE SONS

地球上で最も裕福な一族
―ロスチャイルド家の系譜―
19世紀初頭、ドイツ系ユダヤ人の銀行家が5人の息子をヨーロッパ各地の
金融の中心地に送り込み、家業を展開したときからすべては始まった。
それから7世代目の今も、ロスチャイルド家は地球上でもっとも裕福かつ有力な一族だ。
この一族をめぐる金、ダイヤモンド、戦争、ワイン、そして信仰と家族の物語をひもとく。
text james medd
issue02_150331_01

フランスにあるシャトー・ムートン・ロートシルトの航空写真。
この超一流シャトーを所有するのも、ロスチャイルド一族の分家だ。

豪勢な邸宅の数々ロスチャイルド一族は投資や利殖に長けていたが、住まいに関してはその才がとりわけ発揮された。19世紀末までに一族は、ヨーロッパで40以上の宮殿や大邸宅を所有し、本拠地のエールズベリーベールは、かつて「ロスチャイルド・シャー」と呼ばれていた。
 同地に数多くある一族の邸宅のなかでも、特に有名になった典型例がワデスドン・マナーである。「ロスチャイルド風」といわれる贅沢な内装やライフスタイルは、のちにアスター家やヴァンダービルト家、ロックフェラー家といった米国の富豪一族にも受け継がれた。 オーストリア・ロスチャイルド家の出身でイギリス人のいとこと結婚したフェルディナンド男爵(1839~1898年)が1 889年に完成させたワデスドン・マナーは、ルネッサンス期の傑作とされるロワール渓谷の名城をモデルにしている。
 このマナーハウスはベルベットや金箔、しっくいで豪華に装飾され、ヴァトーやゲインズバラ、レノルズの貴重な絵画や彫刻、フランスのアンティーク家具が随所に置かれている。
 他方、フェルディナンドのイギリスの従弟、メイヤー男爵(1818~1874年)が建てさせたメントモアタワーズはジャコビアン様式(ジェームズ1世時代のスタイル)とエリザベス様式(エリザベス1世時代のスタイル)を折衷したスタイルで設計された。
 これに触発されたのか、フランスの叔父にあたるジェームズ男爵も、天井をガラス張りにした長さ3 7メートルのホールや80室のゲスト用スイートを備えたフェリエール城をパリ郊外に建設した。

一族の変わり者 数多い一族の中には、もちろん変わり者もいる。第2代ロスチャイルド男爵のウォルター(1868~1937年)は、一族が所有するカントリーハウスの一つに動物学博物館を建て、標本を探して世界中を旅した。
 第3代ロスチャイルド男爵の妹ニカ(1913~1988年)はセロニアス・モンクやチャーリー・パーカーといったジャズの巨匠のパトロンとして人生を捧げた。
 フランスの株式市場で数百万ドルの損失を出して、フランクフルトからアメリカへと追放され、わずか29歳で亡くなったソロモン男爵(1835~1864年)のような厄介者もいた。
 基本的に、ロスチャイルド一族は目立つことを好まないといわれるが、誰もがスポットライトを避けてきたわけではない。フランス・ロスチャイルド家の先代当主、ギー男爵(1909~2007年)は、社交界の花形であったマリー・エレーヌ・ファン・ツイレン・ファン・ニエベルトと結婚し、60年代から70年代にかけて、パリ社交界の有名なパーティーをいくつも後援した。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 03
1 2 3 4