July 2018

THE ICON

20世紀のイタリアが生んだ最も偉大だった男
ジャンニ・アニェッリ伝

text katsumi yabe (UFFIZI MEDIA)

プルオーバーのシャツも愛用した。1960 年代、ジャクリーン・ケネディと南イタリアのアマルフィ海岸でバカンスを過ごす。ⒸAP/Aflo

「本質主義」の普遍的なもの選び アニェッリのもうひとりの孫にジョン・エルカンがいる。ラポの兄であり、現在、「フィアット・クライスラー・オートモービルズ」会長を務めるジョンは、祖父と弟と一緒にユベントスのサッカー観戦によく出かけた。そのとき、アニェッリは、日常の生活を楽しむことが最も幸せだ、とよく話したという。ジョンが祖父への思い出を綴った文章(『GIANNI AGNELLI』,Rizzoli)がある。

 〈新鮮な野菜は市場から、捕れたての魚介類は漁師から。日常の買い物も本質主義だった〉

 一読すると、ファッションからかけ離れていると感じるかもしれないが、その奥底にはファッションに通じる、アニェッリの「本質主義」が潜んでいる。

 例えば、アニェッリは、スーツの素材はウールを好んだ。カシミアなどの必要以上に上質な素材には目を向けなかった。色もグレイやネイビーといった伝統的なもの。タイも落ち着いたグレイを合わせていた。

 仕立てていたサルトリアは、ローマの「ドメニコ カラチェニ」、ロンドンの「ハンツマン」など、名門中の名門を愛した。決して、高級な服を望んでいたわけではない。最高の仕立て服は、長年愛用できる“本質”が備わる。日常的に楽しむ食材は、可能な限り産地に近いものから探し“本質”を求めたのだ。

 81年に及んだアニェッリの生涯から考えれば、我々が触れられる写真や書籍は一部である。それでも、数々のスタイルに、“アニェッリの本質”が見え隠れするからこそ、本物の洒落心が伝わり、真似もしたくなる。「本質主義」とは同時に、紳士にとって大切な、目立たぬことをも意味する。

 アニェッリは、狙った着こなしが前提にあったのではなく、本質的なスタイルを独自に築き上げた。いわゆる、ファッショニスタたちが、姑息に演出するのとは大違いである。

 ラポ・エルカンが重要な撮影やイヴェントなど、今もここぞというときに着用するのは、祖父から受け継いだ「ドメニコ カラチェニ」のスーツである。孫の代まで着ることができるスーツを愛し続けたアニェッリは、まさに嘘のない本質を貫いた紳士である。だからこそ、男の誰もが憧れるイタリア随一の“スタイル・アイコン”に成り得たのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
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