July 2018

THE ICON

20世紀のイタリアが生んだ最も偉大だった男
ジャンニ・アニェッリ伝

text katsumi yabe (UFFIZI MEDIA)

ネイビーのストライプスーツにブラウンのブーツを合わせる。足を損傷したこともブーツを履いた理由と言われるが、その洒落たスタイルは世界の男の憧れだ。ⒸGlobe Photos/Aflo

前世紀最高の“スタイル・アイコン” 何よりも、オリジナリティある着こなしに歴史を残した。

 シャツのカフの上に腕時計を着けるスタイルは、すでによく知られているものの、それが生まれた背景を語られることは少ない。重責を担い、多忙なビジネスを取り仕切るには一刻を争う。カフの中に時計が隠れていては、すぐに時間を確認できないため、カフの上に時計を着けた。

 多くのドレスシャツは、ローマの伝統的な名門シャツメーカー「バッティストーニ」のオーダーメイド。袖口は常にジャストサイズに仕立てられていたのもその理由だが、カジュアルな「ブルックス ブラザーズ」のボタンダウンシャツでも、好んでいたダンガリーシャツでも、カフの上に時計を着けるスタイルは変わらなかった。金属アレルギーという説もあるが、いずれにしても、実用からの発想を洒落たスタイルに作り上げたのだ。

 胸元にもひと癖ある。

 タイは、大剣よりも小剣を長くして結び、ノットを歪める。ボタンダウンの襟のボタンを閉めずにシャツを着る。特にタイの結び方は、フィレンツェの名店「タイ ユア タイ」の創業者であり粋人の、フランコ・ミヌッチも同じスタイルを楽しむ。

 襟のボタンを外したシャツの着方は、フェラーリ元会長であり、イタリア産業総連盟代表を務めた、ウェルドレッサーとして名高いルカ・ディ・モンテゼーモロや「トッズ」のオーナー、ディエゴ・デッラ・ヴァッレのスタイルでも見かける。その手本にアニェッリの着こなしがあったのは、想像に難くない。

 アニェッリは、伝統的な仕立てのグレイやネイビーのスーツでも、靴は、ドライビングシューズやブーツを合わせることがあった。クラシックな佇まいに、何か遊び心を加えることや力を抜いた姿態は、洒落者としての卓越したセンスの良さを見せつける。31歳のとき、コート・ダジュールで行われた自動車レースで右足を損傷したのが、軽快な靴を履くきっかけになったとも聞く。

 そんなアニェッリのスタイルは、今では誰もが衒いもなく、普通に楽しめるように浸透した。あえてたとえれば、ウインザー公がフランネルスーツにスエードの靴を合わせたことで当時物議をかもした着こなしが、現在ではごく自然なスタイルになったのと同等といえよう。

 若い頃に遡ってアニェッリの写真を見ると、実はどれも完璧なまでにスーツを着こなしていることがわかる。スリーピースもダブルスーツも、ルールを踏まえた隙のないコーディネイトがすでに完成している。

 円熟味を増すうちに、ルールにとらわれずにユーモアを交え、独自のスタイルに変化させた。ヨーロッパの伝統に、「フィアット」の仕事相手でもあったアメリカの文化をうまく取り入れ、美意識を備えたスタイルへ変貌させたのではないか。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 23
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