ON THE HOLY GRAIL

英国カントリースタイルの決定版

September 2019

text tom chamberlin
photography kim lang

生地はラヴァト・ミルによって織り上げられたアンゴラ混のツイード。ジャケットは、ボックスプリーツを施したポケット、後ろ身頃のハーフベルトなどを特徴としている。

 仕立てが始まると、私にできるのは待つことくらいだった。一方、クリス氏は裁断に取りかかった。彼の広い職長室は工場の中二階にあり、裁断台がでんと据えられている。私が拝見したとき、台の上にはチョークでジャケットとトラウザーズの輪郭を描いた、大きな生地が載っていた。ディテールに注ぎ込まれる努力は感動的で、彼の磨き上げられた技と経験を物語っていた。

最高の英国メーカーを買収 ウィリアム&サンの最大の美点は信念だ。ファウンダーにしてアスプレイ一族の7代目、ウィリアム・アスプレイ氏と彼の率いるチームは、正統派で高品質な英国ブランドを買収することで有名だ。しかし入り口に“販売中”の看板を出しているブランドをやみくもに探し回るわけではない。最高の作り手を結集させることを目指しているのだ。アスプレイ氏はこう話す。

「クリサリスを買収したのは、それが素晴らしい機会であるとともに、英国らしい品を製造するという企業精神に合致したからです。クリサリスとはしばらく前から一緒に仕事をしており、良好な関係を築いていました。買収の件は、何気ない会話の中で話題になったんです。その後の展開は、ご存じのとおりです」

 完成したスーツは、体へのフィット感が見事だった。ディテールにはちょっとうるさい私にとっても、まさに注文通りだ。ジャケットの裾が腰かけの後ろですらりと垂れるさまは粋で、うなじの部分も美しく、首にぴたりとフィットする。ショルダーも自然で、ウエストの形状もすっきり見せてくれるのにきつくない。クリス氏はドレープの作り方を明らかに心得ている。

 生地も実によかった。さまざまな色彩が溶け合って調和しているのに、間近に寄ると豊かで鮮やかな色が見える。おかげで街にもカントリーにも馴染みやすい。全体の適切なバランスと、クリサリスが誇るカントリースポーツウェアの伝統が相まって、フィット感を犠牲にすることなく動きやすいゆとりを実現している。

 ルー氏に気前よくご提案いただいた今回の挑戦において、心からよかったと思ったことは、巧みな技によって平面の生地を立体の衣服へと変貌させるクラフツマンシップの伝統が、この国にもまだ生き残っていることである。

 クリス氏やクリサリスのスタッフが、手仕事において高い水準を維持しつつ、服を生産している姿は、実に心強いのだ。彼らがウィリアム&サンのような著名企業にサポートされているということは、彼らの技術が未来へと受け継がれていくということだ。このスーツがその証である。

THE RAKE JAPAN EDITION ISSUE 28
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