Thursday, September 5th, 2019

ON THE HOLY GRAIL
英国カントリースタイルの決定版

王室御用達ウィリアム&サンは、英国のクラフツマンシップを守るべく各社と力を合わせてきた。
私たちは今回、ノーサンプトンシャーの衣服メーカー、クリサリスとのチャレンジを試みた。
text tom chamberlin photography kim lang

THE RAKE 本国版編集長、トム・シャンベリンが着用しているのは、ラヴァト・ミルが織ったツィード地を名ファクトリー、クリサリスで縫い上げたもの。プロデュースしたのは、ラグジュアリー・カントリーウェアを発売するウィリアム&サンだ。

“バイブルベルト(聖書地帯)”といえば、皆さんは米国南部に連なる州を思い浮かべるかもしれないが、THE RAKE が連想するのは、それとは異なる地域だ。バイブルベルトは世界各地に数多く存在するが、少なくとも英国では、ミドルセックスとラトランドに挟まれた、ロンドンの北西に位置する細長いエリアを指す。
 英国において、この地域は昔から手工業が盛んで、数々の靴、織物、衣服類が製造されている。買い物客は服の“聖地巡礼”のためにサヴィル・ロウなどへ行くが、真の愛好家は、好きなブランドの工場やメーカーへ足を運ぶ。この地域は、そんな彼らの行き先になることが多い。
 同名のコルビー(Corby)・ズボンプレッサーと比べると影が薄い町、コービーの近くにあるのがクリサリスの工場だ。クリサリスはカントリーウェアを専門に扱うファクトリーで、工場内ではコンベヤーベルトに吊るされたハンガーに紳士物と婦人物のコートがずらりとかかっている。ツイード製もあれば柄物もあり、いずれも非常に高品質だ。
 工場を運営する社長兼創業者、クリス・ブラックモア氏はサヴィル・ロウのOBであり、プロ意識に溢れた人物だ。生地の裁断、プレス、ボタン付けにいたるまで、あらゆる手仕事において、高い水準をキープしている。動き続ける機械の音、必要最小限の室内装飾、作業ごとに割り振られたスペースなど、工場の様子はおおよそ予想通りだ。各スペースではそれぞれの職人が自分の仕事にひたむきに取り組んでいる。
 私がここへ来ることになったきっかけは、ロンドンのラグジュアリーなカントリーウェアのショップ、ウィリアム&サンのCEO、ルー・マクラウド氏だ。クリサリスの工場は、ウィリアム&サンの親会社が2014年に買収した。
 マクラウド氏は私のワードローブを哀れんでくださったのかもしれない。もしくは、ウィリアム&サンが自社の、高品質で長持ちする英国製ウェアに確固たる自信があり、THE RAKE でぜひ詳しく紹介したいと思われたのかもしれない。そんなこんなで、我々は列車に飛び乗ってクリサリスへと向かった。

ツイードジャケットをオーダーする

 今回の企画は、ジャケット用にウィリアム&サンのハウスツイードを選び、クリサリスに仕立ててもらうと、どんな結果になるかをリポートするというものだ。その過程で、手仕事の技を実演してもらう。
 オーダーメイドを仕立てるテーラーも例外ではないが、メーカーの多くは、流れ作業的な手法を採用している。それが理由で、客がその要望を伝えづらくなっている場合も多い。しかし伝えるのをためらう部分こそ、客にとって一番重要な要望であることがほとんどだ。大きめのラペル、長めのジャケット、プリーツ、カジュアルなバックスタイルなどは、そのほんの数例である。
 だがクリサリスは違う。ジャケットだけでなく、トラウザーズもぜひ仕立てましょうと言ってくれただけでなく、私が所有するビスポークジャケットの仕様に合わせることを快く承諾してくれたのだ。
 使用する生地は、オークニーと呼ばれるヘザーカラーのアンゴラ・ウール混ツイード地だ。生地を製造したのは、こちらもウィリアム&サンの関係会社であるホーイックのラヴァト・ミル社である。ウィリアム&サンのバイヤー兼マーチャンダイザー、ジェイミー・マクリーン氏は生地についてこう語る。
「ラヴァト・ミルとの仕事は特に好きですね。同社はウィリアム&サンのカントリーウェアに使用するツイードの大部分を生産しています。私たちは過去の記録を閲覧し、同社のデザイナーと協力して当社独自のツイード生地を考案します。主にウール75%とアンゴラ25%の混紡ですね。この組み合わせが、贅沢で上質な手触りを持ち、かつ機能的な衣類の生産を可能にします」
 この生地はツイードではないと勘違いされる方もいるかもしれない。一般的なツイードは、特徴的なきめの粗さがもたらすザラザラした風合いや濃密な色合い、凹凸感が特徴だが、この生地の手触りは驚くほど滑らかで柔らかいからだ。しっかりした保温性と通常よりデリケートな感触を両立できるのは、上記の混紡のおかげである。
 スーツのデザインに関しては、テリー・ヘイスト氏に仕立ててもらったジャケットをひな型とした。長めの丈、パッチポケット、後ろ身頃のハーフベルト、柄入りといった仕様だ。今回のジャケットも、わずかな調整を除けば同じディテールでお願いしたが、パッチポケットのプリーツをインバーテッドプリーツからボックスプリーツにするといった変更点もあった。
 仕立てが始まると、私にできるのは待つことくらいだった。一方、クリス氏は裁断に取りかかった。彼の広い職長室は工場の中二階にあり、裁断台がでんと据えられている。私が拝見したとき、台の上にはチョークでジャケットとトラウザーズの輪郭を描いた、大きな生地が載っていた。ディテールに注ぎ込まれる努力は感動的で、彼の磨き上げられた技と経験を物語っていた。

最高の英国メーカーを買収

 ウィリアム&サンの最大の美点は信念だ。ファウンダーにしてアスプレイ一族の7代目、ウィリアム・アスプレイ氏と彼の率いるチームは、正統派で高品質な英国ブランドを買収することで有名だ。しかし入り口に“販売中”の看板を出しているブランドをやみくもに探し回るわけではない。最高の作り手を結集させることを目指しているのだ。アスプレイ氏はこう話す。
「クリサリスを買収したのは、それが素晴らしい機会であるとともに、英国らしい品を製造するという企業精神に合致したからです。クリサリスとはしばらく前から一緒に仕事をしており、良好な関係を築いていました。買収の件は、何気ない会話の中で話題になったんです。その後の展開は、ご存じのとおりです」
 完成したスーツは、体へのフィット感が見事だった。ディテールにはちょっとうるさい私にとっても、まさに注文通りだ。ジャケットの裾が腰かけの後ろですらりと垂れるさまは粋で、うなじの部分も美しく、首にぴたりとフィットする。ショルダーも自然で、ウエストの形状もすっきり見せてくれるのにきつくない。クリス氏はドレープの作り方を明らかに心得ている。
 生地も実によかった。さまざまな色彩が溶け合って調和しているのに、間近に寄ると豊かで鮮やかな色が見える。おかげで街にもカントリーにも馴染みやすい。全体の適切なバランスと、クリサリスが誇るカントリースポーツウェアの伝統が相まって、フィット感を犠牲にすることなく動きやすいゆとりを実現している。
 ルー氏に気前よくご提案いただいた今回の挑戦において、心からよかったと思ったことは、巧みな技によって平面の生地を立体の衣服へと変貌させるクラフツマンシップの伝統が、この国にもまだ生き残っていることである。
 クリス氏やクリサリスのスタッフが、手仕事において高い水準を維持しつつ、服を生産している姿は、実に心強いのだ。彼らがウィリアム&サンのような著名企業にサポートされているということは、彼らの技術が未来へと受け継がれていくということだ。このスーツがその証である。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 28

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