Monday, October 23rd, 2017

The Bold and the Beautiful
魔性の女、列伝

カネや権力に惹かれる女性が、美しさやセックスに惹かれる男性より浅はかだなんて、言えるだろうか?
自らの持てる武器すべてを使って運命を切り拓いていった女たち。
彼女たちは男勝りの度胸と強烈な個性を備えていた。
text james medd

初のセックスシンボル

 20世紀初頭は、魔性の女にまつわるエピソードには事欠かなかった。その好例がイヴリン・ネズビットである。アメリカ初のセックスシンボルと言われた十代のイヴリンは、画家や彫刻家のミューズとなり、清純でありながら思わせぶりな風貌が、プロテスタントの禁欲主義が根強く残る国の想像力をかき立てた。
 彼女の崇拝者には俳優のジョン・バリモアやポロ選手のジェームズ“モンテ”ウォーターベリ、出版社を経営するロバート・コリアー、そして建築家のスタンフォード・J.ホワイト、鉄道王の御曹司ハリー・ソーなどが名を連ねた。
 アメリカ屈指の富豪一族に生まれたソーは手に負えないサイコパスで、最初はイヴリンを監禁して拷問し、やがて彼女に結婚を迫る。しかし年かさのホワイトからも虐待を受けていたイヴリンはこれを受け入れる。ソーが嫉妬心を募らせてホワイトを殺害すると、裁判をめぐる一連の報道によってイヴリンのスキャンダラスな行動と“魔性の美しさ”が明らかとなった。
 一方で、何もかもが型破りなデイジー・フェローズのように、幸せな例もある。1890年に生まれたデイジーは、シンガー・ミシン創業者の孫娘であった。最初に結婚したプリンス・ジャン・ド・ブロイはゲイだったが、彼女は華やかなセックスライフを謳歌し、数多くいた愛人の言によれば「ファッショナブルな悪女そのもの」だったという。性的冒険のみならず、コカインやベンゼドリンをティータイムに楽しみ、ファッション・アイコンとしても名を馳せた。
 デザイナーのエルザ・スキャパレッリはデイジーのためにショッキングピンクを生み出した。彼女はニナ・ダイアーのようにカルティエの上客でもあった。
 ある英国貴族と浮き名を流した後、デイジーはやや譲歩してウィンストン・チャーチル(彼女の誘いを断った数少ない男性の一人)の従弟レジナルド・フェローズと結婚した。ペンブルック伯爵の息子にあたるデイヴィッド・ハーバートは「彼女の魔性は、他の追随を許さないスケールだ」と語っている。
 ニナ・ダイアー、フィオナ・キャンベル、ステファニア男爵令嬢、イブリン・ネズビット、デイジー・フェローズ……確かに彼女たちは“悪女”だったかもしれないが、類い稀なる美しさに加え、度胸と野心にあふれ、女性が恋愛のイニシアチブをとるということを世に広めたのだ。

ステファニア・フォン・コリーズ・ツー・ゲッツェン男爵令嬢、モンテカルロのスポルティング・ディベールにて(1959年)

THE RAKE JAPAN EDITION issue 18
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