A PATRIOT'S PLAYLIST: TEN SONGS THAT DEFINE AMERICA

愛国者のプレイリスト:
アメリカを象徴する10の歌

Sunday, February 23rd, 2020

アメリカの音楽シーンは、ポップ、ロック、ソウル、フォーク、モータウンの最高のレコードを生み出しており、これらはアメリカ自身の象徴となっている。

 

by ben st george

 

 

 

 

 

MARVIN GAYE – WHAT’S GOING ON

マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン』

 

 マーヴィン・ゲイの1971年に放った象徴的なシングル『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、アメリカ音楽の知性とオープンマインドの証である。 政治的理由で2度にわたって拒否されたこの歌は、5週間連続でチャートのナンバーワンを獲得し、200万枚以上を売り、ゲイにとって一番のヒットとなった。

 

 この歌はゲイの友人であり、フォー・トップスのメンバーであるオビー・ベンソンの経験に触発されている。彼は警察が市民に対して暴力をふるったカリフォルニア州バークレーでの戦争抗議集会“ブラッディ・サーズデー”の目撃者だった。

 

 ベンソンは最初にフォー・トップスのために歌を書いた。しかし彼らはそれを“プロテスト・ソング”であると却下したので、彼はゲイに目をつけた。ゲイはアルバムに「より黒人的で、より自然で、曲というよりはストーリー性のあるものを追加したい」と思っていた。彼は曲を自分流に解釈し、歌った。

 

 録音後、ゲイのレーベルはそれをリリースすることを再び拒否したが、ゲイは曲が世に出るまで、活動を停止して抗議した。

 

 

 

 

 

BILLY JOEL – NEW YORK STATE OF MIND

ビリー・ジョエル『ニューヨークの想い』

 

  われわれはウィリアム・ジョエル氏が、史上最も成功したミュージシャンの一人であり、優れたソングライターであることを忘れがちだ。ウィリアム・ジョエル氏は、かつては必死にクールになりたいと思っていた。彼はブルース・スプリングスティーンのようになりたかったが、できなかった。

 

「ワイルドな人々と走れ、彼はダウンタウン・マンだ」と彼は歌った。彼のビデオは、彼が社会に対して抗う、クールなイメージをクリエイトしようとした。

 

 彼は素晴らしいバーシンガーでありピアニストだった。彼にスモーキーで映画のような歌『ニューヨークの想い』を歌わせるとその結果は紛れもなく素晴らしいものとなった。

 

 この歌は、人がニューヨークのような街で、どうやって生きていく目的を持つのか、その愛の感覚を捉えている。

 

 

 

 

 

BRUCE SPRINGSTEEN – MY HOMETOWN

ブルース・スプリングスティーン『マイ・ホームタウン』

 

 Born to Run(邦題:『明日なき暴走』)以外では、『マイ・ホームタウン』は最も典型的なスプリングスティーンの曲かもしれない。スプリングスティーンは歌の中で、おそらくニュージャージー州の小さな町で、父親と一緒に故郷をドライブしたことを懐かしく思い出している。人種間の緊張や失業といったことが問題になる前の話だ。最終的には、パートナーと息子と一緒に荷物をまとめ、町を離れることを想っている。

 

『マイ・ホームタウン』は、小さな町の疎外感と、ラストベルトの工業の町が直面している、ゆっくりとした死の両方を表している。

 

  この歌は、1985年にリリースされたときよりも、今日のほうがさらに心に響いてくる。

 

 

 

 

 

 

N.W.A-STRAIGHT OUTTA COMPTON

N.W.A『ストレイト・アウタ・コンプトン』

 

 N.W.Aが1991年に『ストレイト・アウタ・コンプトン』をリリースしたとき、誰もが度肝を抜かれた。 彼らの歌詞は真の闘争の場から来ており、N.W.Aもまた、わざとショッキングで刺激的な歌を歌った。冒とく的で暴力的な薬物関連の歌詞を使用し、注目を集めた。彼らは大成功し、すぐに世界で最も危険なグループと呼ばれるようになった。それはもちろん彼らの魅力を、より輝かせただけだった。

 

 実際、彼らは才能豊かな作詞家であり、挑発的な歌詞の背後にあるウィルソン・ピケット、ファンカデリック、ザ・ウィンストンズ、ジェームス・ブラウンなどがサンプリングされたN.W.Aの音楽は、知性的で、学識に富んでいた。彼らはまた、アルセニオ・ホールのトークショー中にわざと逮捕されるなど、悪名高いステージスタントを行い神話を作った。その後、急成長することになった“リアリティ・テレビ”のコンセプトを活用した最初のグループのでもあった。

 

 

 

 

 

THE EAGLES-HOTEL CALIFORNIA

イーグルス『ホテル・カリフォルニア』

 

 イーグルスは1977年の『ホテル・カリフォルニア』がヒットするより前から、すでに大物アーティストだったが、タイトル・トラックの入ったこのアルバムのリリースによって、その地位を完全なものとした。その音楽は、カントリー、フォーク、ブルーグラス、ロックンロールが融合したものだった。

 

 リリース以来、『ホテル・カリフォルニア』はラジオのヘビー・ローテーションとなった。曲の絶え間ないグルーヴとドン・ヘンリーの印象的な歌詞は、刺激的かつやや不吉な雰囲気を醸し出し、その後ジョー・ウォルシュの意気揚々としたギターソロに至る。それらの意図的に不可解な歌詞は、歌の魅力の一部であり続けている。その意味は、レコードのカバーアートと並行して、さまざまに分析されてきた。アメリカン・ドリーム、消費主義、麻薬中毒、共食い、悪魔崇拝・・。

 

 1980年代、キリスト教の福音派グループは、この歌が歌っているホテルは、アントン・ラヴェイ(サタン教会の教祖)が購入して改修したものだとさえ主張した。

 

 ヘンリーは、この歌について繰り返し質問された。それに答えて曰く、「このホテルは、そしてアメリカン・ドリームとは、ドリーム(夢)とナイトメア(悪夢)の間の、微妙なところにあるものだ」と。

 

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