SNEAKER FOCUS

スニーカーの歴史

March 2022

スニーカーはこの100年で大きく進化した。

今や高級ブランドにおいても職人気質なシューメーカーにおいても、確固たる地位を築いている。

その歴史と、スニーカーでスタイルを完成させる方法をレクチャーする。

 

 

by CHARLIE THOMAS

 

 

 

 

 

 

 19世紀末に登場したスニーカーは、左右の区別がないほどシンプルなものだったそうだ。それに対して現在のスニーカーは驚くほど複雑で、各ブランドが最先端の技術を採用している。最初の量産型スニーカーは、1916年にアメリカのブランド“ケッズ”が発売したものかもしれない。“チャンピオン”と呼ばれたそのスニーカーは、現在のイメージとはほど遠く、オックスフォード・ブーツのようなスタイルだった。軍用の“スピードフック”を備えた8アイレットのデザインで、グッドイヤーウェルトの革靴に見られるようなヒールもついていたが、キャンバス地で作られており、ゴム底を備えていた。

 

 

 

1957年頃、グレイスランドの敷地内を散歩するエルヴィス・プレスリー。

 

 

 

コンバースの誕生

 現代的なスニーカーが誕生したのは、コンバース・ラバー・シュー・カンパニーが関与してからのことである。1917年に発表された「キャンバス オールスター」は、瞬く間に地球上で最も人気のあるカジュアルシューズとなった。2枚のコットンキャンバスにラバーソールを貼り合わせただけの非常にシンプルなものだったが、それが魅力となった。

 

 オールスターは、バスケットボールシューズとしてNBAのトッププレイヤーたちに、そしてプレイヤー以外の一般人にも愛された。往年の名選手ビル・ラッセルは常にオールスターを愛用したし、またその背の高さから“竹馬”と呼ばれたウィルト・チェンバレンは1962年にオールスターを履いてリーグ記録となる100得点を記録している。オールスターはシンプルでコストパフォーマンスの高いシューズでありながら、一般の人々に「アスリートのようになれる」という夢を抱かせるスニーカーだったのだ。

 

 


左:1930年代頃、オールスターを着用して対戦相手と対戦するチャック・テイラー。/右:1968年、フィラデルフィアにオープンしたばかりのスペクトラム・アリーナで、ボストン・セルティックスの伝説的プレイヤー、ビル・ラッセルがウィルト・チェンバレンと対戦したときの模様。チェンバレンはオールスターのハイカットを履いているが、ラッセルはオールスターによく似たブリストル社製のスニーカーを履いている。ラッセルは以前からコンバースを愛用していた。

 

 

 

 オールスターは100年以上前から基本設計が変わっていないベストセラーであり、不朽の名作だ。何十年もの間、市場をリードしてきたが、イノベーションの欠如により1970年代から80年代にかけてはナイキやアディダスに追いつかれ、機能性ではあっという間に追い越された。しかし、ラモーンズやカート・コバーンがコンバースを愛用したことによりオフデューティ・スタイルの定番となり、カルト的な支持を得た。20世紀後半でもこのスタイルに匹敵するスニーカーはなく、今日もあらゆるブランドに広く流用されている。

 

 

カリフォルニア・クール

 ヴァンズ(VANS)は1966年、カリフォルニア州アナハイムに最初のショップをオープンさせたブランドだ。その店はファクトリーストアであったが、オープン初日にはサンプルしかなかったため、その日の朝に靴を買った12名は後で靴を受け取りに来るように言われた。つまり、カスタムオーダーの受注生産から始動したのだ。

 

 ヴァンズはコンバースのオールスターと同様、“目的に合った、シンプルで手頃な価格の靴を生産する”というコンセプトから大きく外れることなく、今日に至るまで人気を集めている。現在こそ万人に愛されるカジュアルシューズとなっているが、当初は何よりもまず、スケートボードシューズであった。ヴァンズのフットウェア・デザインディレクターのナサニエル・イオットはこう語る。

 

「ヴァンズにとってスケートボードはスポーツ以上の存在であり、常にインスピレーションの源でした。それは創業者ヴァン・ドーレンとその仲間たちから直接もたらされ、今日でも企業文化の中核をなしています」

 

 コンバースとヴァンズは、世界の数あるスニーカー市場におけるふたつのブランドに過ぎないが、これほどまでにマーケットが活性化したのは、彼らの功績が非常に大きい。『フィナンシャル・タイムズ』紙によると、スニーカーの国際小売市場規模は年間約550億ドル(6兆4500億円)と推定され、2004年から40%以上増加しているという。中古品の再販市場だけでも10億ドル(約1100億円)の規模がある。その多くは、ナイキ、アディダス、リーボックなどのアスレチック・シューズだが、高級ファッションブランドや伝統的なシューメーカーも続々と参入している。サヴィル・ロウで最も格式のあるテーラーのひとつであるヘンリー・プールはアディダスとコラボレーションしたし、ベルルッティ、ジョンロブ、ステファノ ベーメルといった伝統的なシューメーカーも、今やコレクションの中核にスニーカーを据えているほどである。スニーカーは普遍的にクールであり、高級紳士服の中で最も急速に成長している分野なのだ。

 

 

 

 

アート・オブ・ミニマリズム

 “ラグジュアリー・スニーカー”というのは比較的新しい概念だ。スニーカーのルーツを考えると、都会に出てきた田舎者が大成功したようなものである。しかしそのおかげで、多くの新しいブランドが生まれ、以前は存在しなかったジャンルが形成された。大手インターネットショップ「MR PORTER」のシューズバイヤー、デヴィッド・モリス氏はこう語る。

 

「紳士服の市場が拡大するにつれて、高級ブランドはこの10年でこれまで伝統的とは見なされなかったカテゴリに進出しました。ラグジュアリー・スニーカーといえる新たなフットウェアを創造し、ビジネスに繋げていったのです。15年前に発売された、コモンプロジェクツの“アキレス”というスニーカーは、アンダーステートメントなラグジュアリー・スニーカーにも市場があることを証明しました。現在そういったモデルは、コモンプロジェクツのフットウェア・ビジネスの大部分を占めています」

 

 

 


ミルクヴィストのスニーカー。

 

 

 

 コモンプロジェクツは、スニーカーをラグジュアリー製品にした最初のブランドのひとつだ。ミニマリズムを追求したシンプルなデザインの “アキレス”の素材にはイタリア製高級レザーが使われ、すべてイタリアでハンドメイド生産されている。伝統的な革靴に使われる意匠や技術を巧みに取り入れ、カルト的な人気を博したのだ。

 

 ラグジュアリーかつミニマルなスニーカーの可能性を見抜いた他のブランドも、すぐに追随した。2013年に設立されたスウェーデンのブランドC.QPは、シンプルでラグジュアリーなスタイルを得意とし、カジュアルな服装にも、高級なテーラリングにもマッチするスニーカーを生産している。ブランドの創設者であるアダム・レーヴェンハウプトは、この業界に欠けているものがあると感じていた。

 

「それは本当に素晴らしい“ハイブリッド”スニーカーだ。スマートな服装の一部としても、リラックスした装いの一部としてもうまく機能するものだ」

 

 また、スカンジナビアン・スタイルをスニーカーに取り入れたブランドとして、ミルクヴィストがある。ポルトガルでハンドメイドされているOaxenシリーズはスポーティになりすぎず、スーツにも合わせやすい。素材には、イギリスのタンナー、チャールズ・F・ステッド社の撥水加工が施されたスエードが使われており、機能的でありながらテーラードスタイルにも似合うエレガントなデザインとなっている。

 

 

 

 

スニーカーのこれから

 スニーカーは、今でも一部の人々の間では賛否両論のある選択肢だ。しかし、ここ数シーズン続いているメンズウェアのカジュアル化に伴い、以前は許されなかった領域でも受け入れられるようになってきており、ロンドン有数のスマートな会員制クラブでさえもその傾向が見られる。例えば、“アーツクラブ”では、ドレスコードに“クリーンでスポーツ用ではないスニーカーを認める”と明記されている。また、バークレースクエアに40年前からある“モートン”では、“クリーンなファッション・スニーカーならOK”とされている。紳士服の聖地サヴィル・ロウを擁し、ピンストライプのスーツを着て傘を持った英国紳士がいまだに闊歩するロンドンにとって、これは重大事である。

 

 コンテンポラリー・ラグジュアリーブランド、「Ami(アミ)」の創設者アレクサンドル・マテュッシは、自身のブランドを立ち上げる際にこの変化を予見していた。Amiはレイドバックしたスタイルとテーラードスタイルの融合を得意とし、快適でありながらもさまざまなアクティビティに対応できるルックを生み出している。そしてスニーカーは常に彼のレシピの重要な要素となっている。

 

「現代人のワードローブは、堅苦しい靴やネクタイから脱し、カジュアル化が進んでいます。人々は服で個性を主張しつつも、快適に過ごしたいのです。スニーカーは、テーラリングや他の洗練されたアイテムと組み合わされ、モダンなワードローブの一部として確実に浸透していくと思います」

 

 チェルッティの元チーフ・クリエイティブ・オフィサー、ジェイソン・バスマジアンはこう述べる。

 

「メンズウェアにおけるラグジュアリー・スニーカーの台頭は、今日の私たちの着こなしに快適さと多様性が求められているためだと考えます。また、ストリート・ファッションがラグジュアリーの分野にこれまで以上に浸透していることの証拠でもあります。アイコニックなスニーカーはカルト的な人気を得て、新たなステータスシンボルとなったのです」

 

 リラックスしたテーラリングと豪華なファブリックで知られるブルネロ クチネリは、スニーカーを大々的に取り入れたイタリアの高級ブランドだ。

 

 スエード、カーフレザー、ヌバックといった定番の素材に加え、アルパカ、ウール、カシミア・ブークレ、コーデュロイ、ウールデニムなど、スニーカーとしては型破りだが、同ブランドらしい最高級素材が使われている。中でも、アッパーにスエードをあしらったプレーンなレザースニーカー“アポロ”は、さりげないカラーアクセントが特徴だ。ストームウェルトとフェザーウェイトガムソールを備えた“イカロ”も、興味深いデザインである。

 

 ダービーやローファーなどの伝統的な革靴が非常に特殊な方法で製作されるのに対し、スニーカーはイノベーションのパラメーターが非常に広い。その可能性は、無限なのだ。

 

 スニーカーの誕生から一世紀以上が経った。この間、スニーカーは地味なコートシューズからカウンターカルチャーの象徴、そして高級ファッションの定番へと長い道のりを歩んできた。果たしてスニーカーは、革靴の王座を奪うことができるのだろうか? グッドイヤーウェルトの血統は、絶対のようにも思える。しかし、ファッションの現状は大きく揺らいでいる。あと数シーズンで、スニーカーは最も普遍的で汎用性のあるフットウェアの選択肢となる可能性もあるのだ。