Tuesday, January 24th, 2017

THE ART OF HAPPINESS
幸せな関係

思春期の少女たちをエロティックに描いた画家バルテュスと
節子・クロソフスカ・ド・ローラ夫人の間には、30歳以上の年齢差と文化的な隔たりがあった。
それでもふたりは、芸術史上まれに見るほど円満な愛情関係を築いた。
text nick scott

Their story is an antidote to the notion that artist
Couples are doomed to implode under oressure.
芸術家カップルは重圧によって必ず崩壊するという説を、
バルテュス夫妻の物語は鮮やかに覆す

支え続ける妻と信念

  一体何が、ふたりの結婚生活をこれほど調和に満ち、互いの人生を豊かにするものにしたのだろうか。亡くなる前年のバルテュスに会ったガーディアン紙の記者は次のように書いている。
「節子夫人は彼を守り、彼のために記憶し、時には彼の目にもなっている。ほとんどいつも周囲の世話をしていて、屋敷とそこで働くスタッフや医師をまとめているのだろう。彼女が部屋にいないと、バルテュスはまるで迷子の少年のように彼女を呼ぶ。節子夫人はインタビューのために夫の身なりを整え、質問に答える彼をサポートしている」
多くの好奇心旺盛な記者が知りたがったのは、やはりバルテュスが年端のいかない少女をモチーフとして好んだことを夫人がどう感じているのか、ということだ。この点が特に注目されたのは、彼の死後にほとんど知られていなかった事実が判明したときである。主治医の末娘であるアンナ・ワーリという少女のインスタント写真を、バルテュスが2000枚近くも撮影していたことが明らかになったのだ(実際には、写真は単に絵の習作で、加齢によって関節が硬くなりスケッチができなくなっていたため撮られたものだった)。
節子夫人は大抵このテーマについて楽天的に構えてきたが、声高に異常性を訴える人々には少しばかり反論してきた。例えばある評論家はかつて、「バルテュスは偉人だが、多くの人にとっては下着を露わにする少女を描く人物だ」と書いた。すると夫人はこう語った。
「他人の意見ですし、彼らにだってそんなくだらない意見を持つ権利がありますから。小児性愛? 事実でなければ、何の問題があるでしょう。バルテュスにはまったく別のビジョンがあります」
かつてアリストテレスは、芸術の目的とは“ものの外見ではなく、内側にある意味を表現することだ”と述べた。バルテュスの作品はエロティカの神々しさと真理をはっきりと示すものであり、禁欲的な考えから生まれる懸念によってその真理を覆い隠すべきではない、というのが節子夫人の信念だ。
バルテュスの作品群が持つ扇情的なニュアンスに対してどんな意見があろうとも、作品の輝きと複雑な感情表現の素晴らしさは揺るぎない。バルテュスは具象芸術の最後の巨匠といえるだろう。彼の遺産はルーブルやテート、メトロポリタン美術館のみならず、アニェッリ家やニアルコス家のようなプライベートコレクションでも輝き続けている。
自身も芸術家である節子夫人は、ユネスコ平和芸術家を務めるとともに、バルテュス財団を主宰し、彼のアトリエやバルテュス・チャペル(ドキュメンタリー映画や、写真・手紙などの複製を展示する記念館)を保存している。夫に対する夫人の敬意は、今もなお強いようだ。彼の死から15年が経った今、彼の遺したものは彼女にとっての大きな生きがいとなっている。
つまりこの結婚は、“どうせ年齢差のせいで破局を迎えるだろう”という嘲笑や予想を、今でも大きく打ち破っているのだ。両者の激しい個性から生じる重圧により、芸術家カップルは必ず崩壊するという説を、バルテュス夫妻の物語は鮮やかに覆している。

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シャトー・ド・シャシーで制作中のバルテュス(1956年)。

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ロシニエールの自宅、グラン・シャレで、節子夫人と(1998年)

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節子夫人と娘の春美と(1990年)。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 13
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