January 2017

THE ART OF HAPPINESS

画家バルテュスと節子夫人
幸せな関係

text nick scott
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若き日のバルタザール・クロソフスキー・ド・ローラ伯爵(=バルテュス)(1950年代)

 当時の様式にはまったく関心がなかったバルテュスは、キャリアの第一歩となる1934年のパリでの個展に向けて制作に取りかかった。そのひとつが、最も有名で悪名高い絵画、『ギターのレッスン』だ。ギャラリーの奥の部屋のカーテンで仕切られた場所で15日間展示された同作は、音楽教師とギターの代わりに膝の上に乗せられた少女を描いている。ふたりの姿勢は“ピエタ”(十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアを描いたキリスト教美術作品)と似ているが、ニュアンスは教師の手の位置によって否定される。その手は、そこはかとなく暴力的な性の通過儀礼を予感させ、少女にはそれに抗おうとする意思が見られない。

 有名絵画の中には、時にエロティカの世界へ引きずり込むと指弾される作品がある。ヘンリー・ダーガーによる心がざわつくような子供の描写、ギュスターヴ・クールベが女性器を生々しく描いた『世界の起源』、サルバドール・ダリの『大自慰者』などが代表例だ。しかしこうした作品と比べても、バルテュスの『ギターのレッスン』は多くの鑑賞者に不快感や動揺を与えた。数十年後、彼は同作に対する自身の見解を述べた。

「当時は貧しかった。その状態から抜け出す唯一の方法が、物議を醸すことだった。成功したよ。過剰なほどにね」

 これは売名をひどく嫌ったバルテュスらしからぬ発言だ。1968年にテート・ギャラリーから、展覧会カタログに記載する自身の略歴を提出してほしいと依頼されたとき、彼はこう答えたという。

「略歴情報なし。バルテュスはまだ何も知られていない画家だ。さあ、絵をみてみよう」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 13
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