Monday, February 22nd, 2021

NATURAL MYSTIC

ボブ・マーリー
自然の神秘

レゲエの王様ボブ・マーリーは、植民地の搾取に対する義憤を音楽で表現し、平和と団結の象徴として絶大な力を持つようになった。
彼はすべてを成し遂げて、全盛期に36歳の若さで命を落とした。
text stuart husband

Bob Marley / ボブ・マーリー1945年生まれ。英国海軍大尉で建設会社を経営する白人の父とジャマイカ人の母を持つ。幼少期はキングストンの貧民地区にて過ごす。友人らとザ・ウェイラーズを結成後、1973年にメジャーデビュー。1975年、メンバーを再編成し、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとして活動開始。その音楽はラスタファリ運動の思想を背景とし、多くの人々に影響を与えた。1981年、36歳の若さで死去。

 管楽器の鮮烈な音色で始まるその曲は、しなやかで執拗に鳴り響く心地よいグルーヴへと変化する。そこにすぐさま彼の歌声が加わる。ゆったりと気怠げな声音とは裏腹に、その歌詞はまるで戦いを呼びかける声明文のようだ―。

 1976年のアルバム『ラスタマン・ヴァイブレーション』に収録された「ウォー」でボブ・マーリーが焦点を当てたのは、アフリカで拡大していた解放運動だ。だが、この曲の「基本的人権が人種を問わずすべての人に平等に保障されるまでは……永続的な平和という夢は……追い求めても決して手に入らない、はかない幻想であり続けるだろう」というメッセージは、悲しいことに半世紀近く経った現在でも重要であることに変わりない。人種差別に対して今もなお異議が唱えられ、“Black Lives Matter”を改めて発信する必要があるのだから。

「ウォー」の不屈の精神は、極めて甘美なグルーヴの中で表現された。甘さの中にチクリと余韻を残すのがマーリーの得意技だ。彼は世界的スーパースターへの階段を駆け上がろうとしていた。この曲には、メジャーな音楽のリスナーも虜にする要素が詰まっていた。切迫感、前進を妨げられる感覚とそれを克服する意志、そして普遍的な高揚感である。

 マーリーの代表曲の多くには、苦難に堂々と立ち向かい、くよくよするのはやめよう、何もかもうまくいく、というメッセージが込められている。聴く者にそれを信じさせたのは彼自身だ。後光のようなドレッドヘアや、デニム・オン・デニム、ウエスタンシャツ、ベルボトム、ウィンドブレーカー。ボブ・マーリーについての著書で知られるティモシー・ホワイトはこう述べている。「コンサートで彼はシャーマンや預言者さながらだった。反逆のダンスを踊ろうと人々を鼓舞し、催しを大規模な催眠術に変える。それはロックコンサートというよりも、ペンテコステ派やラスタファリ運動の集会に近かった」。

ジャマイカでのザ・ウェイラーズ(1964年)。

本記事は2020年11月25日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 37

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