MILITARY HERO: THE TORNEK-RAYVILLE TR-900

伝説のダイバーズウォッチ

September 2019

text james dowling
photography piers cunliffe, michal solarski/the watch club

フィフティ ファゾムス オートマティックインデックスにはスーパールミノバが塗布され視認性を確保。逆回転防止ベゼルを覆うサファイアは耐傷性に優れる。オリジナルに近いやや小ぶりなケース径も魅力だ。写真はセイルキャンバスストラップだが、NATOストラップ、SS製のブレスレットモデルも。30気圧防水。自動巻き、SSケース、40.3mm。世界限定500本。 Blancpain

 最初の発注数量は780本(1本の単価は187.50ドル)で、最後に納入されたのは1965年6月だった。それから数ヵ月後、別の腕時計が300本弱納入されたが、それらは海軍用だった。トルネク氏は2年後、海軍に接触してさらに腕時計が必要かどうか尋ねた。しかし、折しもベトナム戦争が激化しており、軍の上層部は他のことで頭がいっぱいだったため、「たぶんもう必要ない」と答えた。かくしてこの特別生産ラインは廃止された。

 ただし、ここで思い出してほしい。プロメチウム147の半減期は2.6年しかないのである。すなわち、最初の時計が製造されて5年も過ぎると、もともとの発光量の25%ほどしか光を放出しなくなるのだ。したがって、海軍が交換用の文字盤を求める頃には既に在庫はなく、新たに仕入れる機会もなくなっていた。文字盤が暗くなって使い物にならなくなると、腕時計は海軍の倉庫行きとなり、二度と陽の目を見ることはなかった。それらのケースの背面には、大きな放射能マークとともに、「危険!放射性物質」という文言が刻印されていた。

無作法な埋葬 海軍の規則に従い、腕時計はAEC(Atomic Energy Commission、アメリカ原子力委員会)に送り返され、低レベル放射性廃棄物として処理された。制服やバッジ、配管などの他の低レベル廃棄物と一緒にコンテナに入れられ、コンクリート詰めされた上で、アメリカの砂漠地帯の地中深くに埋められた。「トルネク-レイヴィル TR-900」は、わずか1000本あまりと生産数が非常に少なく、潜水中のダイバーが多くを紛失してしまった上、残ったほとんども70年代初頭を最後に政府によって廃棄処分されたため、現在あらゆるミリタリーウォッチの中で最もレアな製品と言えるかもしれない。近年の調査によると、現存する個体は20本ほどであると言われている。

 しかし、フォース・リーコンのモーリス・J・ジャック曹長(当時)のTR-900はAECによる廃棄を免れ、彼はその後もベトナムで腕時計を5年、さらに海兵隊で7年間使用した。1977年の退役時には、上級曹長に上り詰めている。退役後の10年間も、ジャックはいつもこの時計を着用していた。支給された当時のナイロン製のストラップに、小型の液体封入型コンパスを付けた状態で。

 TR-900はほとんど忘れ去られた存在となり、今となっては時計学で困難な時代を指す些細な脚注に過ぎないが、本稿によって再び正当に評価されることを切望してやまない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 29
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