LIVE AND LET LIVE

アーカイブが語る007

August 2020

text nick foulkes photography kim lang
special thanks to Eon Productions and the London Film Museum

 ボンド演じる俳優や、その時代の世界的な懸念事項、社会に浸透している考え方、原作の再現度にかかわらず、こうしたお約束に忠実であることや、遊び心と皮肉に満ちた解釈を加えるにとどめることが、ボンド映画の時事性と不朽性をともに保証している。我々は事前に細部まで予想しており、作り手がどう実現するか、そしてできればそれを超えてくるかを見たいがために劇場へ足を運ぶのである。期待しているのは意外な急展開や、登場人物の変化ではない。心地よく知的な手法でお約束を再編成し、映画というエンターテインメントとして創作世界にどっぷり入り込ませてほしいだけなのだ。

逸脱をつなぎとめるもの 我々は折に触れて、ボンドがフレミングの思い描いたキャラクターに回帰していると耳にするが、これもまたひとつのお約束になっている。ロジャー・ムーアがダジャレを言い、サファリスーツを身に着け、葉巻を吸って眉を大きく動かすボンドなら、ティモシー・ダルトンはフレミングが原作で描いたボンドへの回帰だと言われた。そして、上品かつ誇らしげで、ケルティックな魅力を備えたピアース・ブロスナンから、ユーモアのない“正統派”のダニエル・クレイグにバトンが渡ったというわけである。

 事の本質は、ボンドがブランドであるということだ。そこには、創作者より長く生きたあらゆるブランドがそうであるように、現在の制作物を照らし合わせることのできる基準として、ある種の共通した集団的記憶を確立する必要がある。ジェームズ・ボンドのアーカイブも、ショーン・コネリー、テレンス・ヤング、冷戦、アンバサダー・クラブのボンドと今日のボンドを結びつけるテーセウスの糸なのである。メグはこのつながりをシリーズの継続に不可欠なものと考える。

「私は『007/ドクター・ノオ』が好きです。ガジェット類には頼っていませんし、キャラクターもまだ成熟していませんが、作品として自立していると思うんです。映画館で鑑賞するとまったく新しい体験でした。特にセットが斬新。あれはケン・アダムのアイデアです。彼が携わることを決めたのは、セット作りにおける新しい案や技術を試す機会になると思ったから。彼にとって実験のチャンスでたが、それがうまくいったわけです」

THE RAKE JAPAN EDITION issue 35
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