Jet-set Gigolos

世界を股にかけた、ジゴロ伝説

August 2015

by james medd

キャバレーピアニストのレスリー・ハッチソン。生まれ育ったのは、西インド諸島の漁村。

“There’s no shame in
admitting that one loves two women.”
– Thierry Roussel

“1人の男が2人の女性を愛したって、何ら恥じることはない ”
――ティエリー・ルーセル

お金ではなく愛、そして不倫「ジゴロ」と呼ばれながらも「お金目当てなのではない」と、ひたすら主張する男もいる。その1人が、故クリスティーナ・オナシスの4番目にして最後の夫となったティエリー・ルーセルだ。

 2人の関係が、お金ではなく愛情でつながっていることを、彼はつねに主張していた。とはいえ、チャールズ皇太子のように、不倫関係にあった未来の妻とも同時進行で付き合っていた。

 彼は「1人の男が2人の女性を愛したって、何ら恥じることはない」と公言したこともあった。

 一応弁護しておくと、彼がフランス人だということは考慮すべきかもしれない。父方からはお金を、母方からは地位(母親は政治家エドアール・グリンダの姪)を受け継いだ彼は、1972年にまだ十代だったクリスティーナと出会う。

 スウェーデン人モデルのマリアンヌ・ギャビー・ランドハーゲとも二股で付き合っていたことから、2人の関係は終わりを迎える。

 それから12年後、独り身だった彼は、ちょうど3度目の離婚をしたクリスティーナと再び出会い、すぐに結婚した。まもなくして、ランドハーゲともよりを戻すことになる。4年続いた結婚生活の間、2人の女性のどちらかを選ぶということは、決してしなかった。

 クリスティーナとの間には娘のアシーナ・オナシス・ルーセルが誕生し、それから数カ月後にギャビーとの間にも息子が生まれている。

「クリスティーナは炎のような女性で、ギャビーは穏やかな女性。2人とも心から愛している」と、彼はインタビューに答えている。

 しかし、ライバルが再び妊娠したことを知ったクリスティーナは、離婚の手続きを始めた。うつ状態になり、太り過ぎた彼女は、数カ月後に薬物が原因の肺水腫で命を落とした。

 2年後、ティエリーはギャビーと結婚する。4歳で母親を亡くしたアシーナを引き取ることになるが、彼女が母から引き継ぐはずの膨大な遺産(=モデル事務所や、造船、馬のブリーディング、イチゴ栽培など)は、彼の思い通りにはならなかった。

 1999年、アシーナの財産は、裁判所が任命した監査法人に信託されることになる。アシーナは2003年に遺産を相続すると、ブラジルに移り、元オリンピック選手の騎手と結婚した。

 彼女自身も現在、障害馬術競技で活躍している一方、ティエリーはスイスで暮らしている。財産についての争いは、娘の勝利で終わったのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 04
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