GREEK TRAGEDY
悲劇の歌姫、マリア・カラス
November 2018
高度なテクニックを自在に操る見事な歌唱力、役柄とひとつになる演技力、そしてエキゾチックな美貌と圧倒的なカリスマ性で世界を虜にしたマリア・カラス。
その後、カラスはアテネ音楽院を卒業するとギリシャ国立オペラ座に出演。不屈の精神、力強いテクニック、無敵の演技力で批評家を驚かせ、天才と賞賛された。ライバルには舞台袖からやじられるほどであった。1950年代に入ると、フランコ・ゼフィレッリやルキノ・ヴィスコンティといった映画監督(後年、カラスのためだけにオペラの監督を始めたと語っている)が手がけた作品や、『王女メディア』、『ノルマ』、『椿姫』のヴィオレッタといった役を演じて全世界で大成功を収めたが、これは彼女の独特の表現スタイルによるところが大きかった。従来のベルカント歌手は、舞台の中央に立って行儀よく歌うのに対して、彼女はまるでボクサーのようにそれぞれの役にのめり込み、ドラマティックに演じきったのである。あるインタビューで彼女は語った。「音楽が演じ方を教えてくれる、すべては楽譜の中にあるから、よく聴いて、よく考えればいい」。
カラスは、1956年に『タイム』誌の表紙を飾ったが、彼女が起こす周囲との軋轢は、それまでオペラを高尚な芸術だと見なしていた一般大衆にも注目された。突然契約を破棄したり、かんしゃくを起こして公演をすっぽかしたり、パートナーをクビにするといった私生活やスキャンダルを取り上げたタブロイド紙は、スカラ座やメトロポリタン歌劇場で披露した斬新なパフォーマンスと同じくらいに人気を集めたのだった。解雇されたマネージャーからの告訴状を渡した男性を怒鳴りつける彼女を撮った50年代半ばの写真は世界中に出回り、ヒステリックなイメージが定着した。
不安定になった歌声と私生活 1949年には年上の富裕な実業家で、カラスのキャリアを支配したジョヴァンニ・バッティスタ・メネギーニと結婚している。彼女がふたりの“間違った”男性――ひとり目はメネギーニ、ふたり目は*アリストテレス・オナシス――に惹かれてしまったのは、彼らが自分より危険でパワフルだと感じたからだろうか。
*アリストテレス・オナシス…「20世紀最大の海運王」と呼ばれたギリシャの実業家。モナコ公国を買い取るほどの大富豪。