Thursday, September 24th, 2020

EÜRO STAR

ダニエル・ブリュール スペシャルインタビュー
ドイツ芸術界が誇る若き俳優

スペイン人とドイツ人の両親を持ち、数カ国語を使いこなし、かつての分断されたドイツで育った
俳優ダニエル・ブリュール。同国屈指の国際文化人であり、ヨーロッパ的アイデンティティの擁護者だ。
そんな彼の歩んできた俳優人生について伺った。
photography simon emmett fashion and art direction sarah ann murray
shot on location at kontikistudios.com

Daniel Brühl / ダニエル・ブリュールスペイン生まれのドイツ人俳優。10代から俳優として活動を始める。主人公を演じ、ドイツ映画賞を受賞した『グッバイ、レーニン!』を経て、一躍ドイツを代表する俳優となる。ドイツ語、スペイン語、英語、フランス語、カタルーニャ語の5カ国語を操り、各国の長編映画にも出演。最新作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』では悪役を演じ、史上10番目の興行収入を挙げた『アイアンマン3』を上回るという偉業を達成した。

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 歴史を遡っても、戦後のベルリンほど色彩と活気に乏しい時代や場所は他に存在しない。東ドイツ全体はさらにひどい状況だった。ドイツ民主共和国という名を与えられた同国は、東側諸国の一員であったため、共産主義的な統制や汚職、搾取、弾圧の犠牲となった。そこは、創造性、芸術、自由といった言葉が、シュタージ(秘密警察)や射撃命令といった重苦しい言葉に飲み込まれた場所だった。

 ドイツの再統一は、控えめに言ってもそう単純ではなかった。どのような未来へ向かうかを選択しなければならなかったからだ。ドイツの過去は、振り返ることができないほど暗かった。そんな地に新たな国家を築き上げたのは、父権制や新しい統治方式ではなく、芸術だった。その芸術家集団の中にいたのが、ダニエル・ブリュールという名の若き俳優だ。今日、彼はドイツ芸術界が誇るフラッグシップ的存在であり、最も重要な国際文化人であり、主演男優なのだ。

 名前はドイツ系で、育った場所もドイツだが、ダニエル・ブリュールは“ヨーロッパ人”と呼ぶほうがふさわしい。彼は、スペイン人の母とドイツ人の父の第3子として、バルセロナで誕生した。だが生後間もなくスペインを離れることは、あらかじめ決まっていた。母は、第1子のオリヴァーをドイツで生んだ後、他の子供たちはスペインで出産すると決めていたのだ。こうして、幼くしてケルンへ移り住んだ彼は、成長するにつれ、母国のひとつであるドイツの現実をはっきりと認識するようになった。

本記事は2017年1月25日発売号にて掲載されたものです。
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THE RAKE JAPAN EDITION issue 14

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