Thursday, June 15th, 2017

THE CHILD IN TIME

やがて美女になる美少女

女優ブルック・シールズは実に上手く歳を重ねてきた。
芸能界における彼女の半世紀を振り返ると、子役としてのキャリアを長期的な成功へ発展させるという、ハリウッドでも稀有な偉業が見えてくる。
text david smiedt
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Brooke Shields / ブルック・シールズ1965年生まれ。生後11カ月でモデルデビュー。一躍人気子供モデルとなる。映画『プリティ・ベビー』では12歳にして娼婦を演じて話題に。マイケル・ジャクソンとは子役時代からの付き合いで、交際していた時期もある。

 “セックスシンボルでなくなったことを象徴する出来事の歴代ランキング”があるとするならば、ブルック・シールズがディズニーのコメディドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』で主人公の母親役にキャスティングされたことは、間違いなく上位に入るだろう。しかし、このシリーズを見て彼女を“セクシー系熟女なのにまずオカズにされないような、よくいるタイプ”と片づけた人がいるとしたら、残念ながら何もわかっていないと言わざるをえない。

セクシーすぎた子役時代 1965年、自身もモデルであったブルック・シールズの母テリーは、その遺伝子を見事に受け継いだ驚くほど美しい娘を産んだ。1年後に離婚したテリーは、この美しい娘を見てすぐさま“キャスティング”することを思いついた。その結果、ブルックは1歳の誕生日を待たずして、モデル活動をスタートさせることになった。10年後、日に日に並外れて美しくなるブルックの姿を目の当たりにしたテリーは、ヌードモデルの仕事をさせる頃合いだと考えた。その2年後、ブルックは映画『プリティ・ベビー』で少女娼婦を演じ(年齢を計算して嫌悪感を抱かないように警告させていただく)、自身の持つロリータ的な魅力を最大限に発揮した。

 そして1980年、テリーはあのお粗末な映画『青い珊瑚礁』にブルックを出演させる契約を結んだ。同作は、太平洋の島に置き去りにされたティーンエイジャーの男女が性の目覚めを経験する、“乳首が見えそうで見えない”映画である。ブルックがカルバン・クラインのジーンズのイメージキャラクターを引き受けたのもこの頃だった。広告の目玉となったのが、この不朽の名台詞だ。

 “You wanna know what comes between me and my Calvins? Absolutely nothing.”

 ダブル・ミーニングを駆使したこのフレーズは、「未成年の私の大陰唇と世界の間には、薄いデニムのマチしかないの」とでも解釈できるものだった。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 14
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