L’ART DE ‘ÇA PASSE OU ÇA CASSE’

CLAUDE LELOUCH

June 2017

text stuart husband

ルルーシュのお気に入り俳優の代表格、ジャン゠ルイ・トランティニャン。1986年の『男と女Ⅱ』の製作時のひとコマだ。

「それまでスタジオで撮っていた映画というものが、コダックのASA感度400の新しいフィルムのおかげで外に出られるようになった。ぼくも早いうちからカメラを担いで外に出たクチだったから、ヌーヴェル・ヴァーグに興味津々だった。でもある日気づいたんだ。どうして彼らの作品はこうも文学的なのか?と。ゴダールもトリュフォーも、撮るより書いたほうがいいんじゃないか、彼らは作家なのにわざわざ映画を使いながら遠回りして表現をしているようだと」

 ルルーシュは『男と女』の大ヒット後、常に批評家筋から不当ともいえるほど厳しく評価されたが、フランソワ・トリュフォーからは逆に「あなたはヌーヴェル・ヴァーグの子供でありながら一般大衆に受け入れられることに成功した」と激賞され、1988年製作の『夏の月夜は御用心』についてゴダールからは「今年観た中で最も美しい映画」という手紙を受け取ったという。

 ルルーシュの男気に惚れるのはインテリに限らない。ギャングや刑事の役で鳴らしたリノ・ヴァンチュラの自宅まで、コメディ映画の出演交渉にのり込だルルーシュは、「馬鹿を描く映画で、シナリオはまだどうなるかわからない」と切り出した。ヴァンチュラは「どんな馬鹿なんだ?」と聞き返し、彼はこう続けた。

「他のすべてを差し置いて、金が人生で一番大切なものになったら、それが馬鹿ってことさ。だから金のことしか考えない馬鹿どもの話で、あんたにはそのボスをやってもらう」

「おれは馬鹿どものボスになるのか」

「馬鹿ほど魅力的なものはない。頭のいい奴にお世辞を言うとこっちが馬鹿に見られるが、馬鹿はお世辞ひとつ言えば大人しくなる。逆に馬鹿の悪口を言うと、死ぬまで離してくれなくなる」

 あのフィルム・ノワールのスターを相手に、まるで催眠術にかけるかのようなやり口ではないか。ルルーシュの世界は、リスクに賭けるスリルと、完璧に報われたときの喜びで構成されているからこそ、ロマンチックなのだ。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 13
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