THE GRITTI PALACE : RESTORER OF THE SOUL

ヴェネツィアが誇る名ホテル
楽しき、グリッティ パレス

May 2019

text wei koh
photography rian davidson
special thanks to The Gritti Palace

修復によって新しく生まれ変わったレデントーレ・スィートのテラス。眼下にはレデントーレ教会を見下ろせるため、この名がついた。250 平米の広々としたテラスだ。

求められたのは“変わらないこと” 彼は懐かしげに含み笑いをすると、こう回想した。

「ある日、スターウッド社から“あなたに新たな冒険を用意しました。ヴェネツィアのグリッティです”と提案されたのです。赴任の目的は、私のノウハウを活用し、世界で最も愛される宿のひとつであるグリッティを修復することでした。当時のグリッティは、やや老朽化した印象になりつつありました。修復は2011年11月4日に開始しました。なぜ改築ではなく“修復”と呼ぶのかというと、私たちはホテルの根本を変えることはしなかったからです。修復を始める前に、私はホテルのお得意様にアンケートをお送りしました。“未来のグリッティにとって一番大切なことは何ですか?”とお尋ねしたところ、全員が“変わらないこと”とお答えになったのです。それはつまり、改築ではなく、敬意をもって修復することを意味しました。しかし実は、その方がはるかに難しいのです。当ホテルの有名なムラーノガラスのシャンデリアをご存じでしょうか? 修復前には、すでにイタリアの安全基準を満たさなくなっていたため、ひとつひとつ分解して配線しなおすことが必要でした。そこで、ムラーノの専門家に送ったのです」

高潮との戦い「私たちは15カ月ですべてを行わねばなりませんでした。最初に取り組む必要があったのは、高潮に対する防護設備を修理することでした。床をすべて破壊し、深さ2mの穴を掘ることになりました。当ホテルは元々、1525年に建てられた邸宅で、1948年にグリッティになったのですが、そのときすでに建物の下にはコンクリートの補強材があったのです。皆さんは、水はドアから入ってくると思われがちですが、実はそうではない。非常に高い水圧のために、実際は床そのものから染み込んでくるのです。高潮時のサン・マルコ広場をご覧になれば、おわかりいただけるでしょう。そこで私たちは、80cmのコンクリートを用いて、建物の下にプール状の構造物を作りました。これが水の侵入を防ぎます。それに最初の3カ月を要しました」

 グリッティは大運河沿いに建っているが、修復以来、アクア・アルタ(高潮)による浸水の被害をほとんど受けていない。

「次は屋上に取りかかりました。当時は大運河を見下ろす場所に、小さな客室が2つある状態でした。そこで私は“この2部屋をひとつのスイートにしてはどうだろう”と思いついたのです。そうすれば、部屋から250m2ある屋上のテラスへ行けるようになります。おかしなことに、このテラスはそれまでまったく使われていませんでした。レデントーレ教会を見下ろす場所にあるため、私はレデントーレ・テラスと名付けました。この部屋は、小ぢんまりしたスイートでありながら、階上へ行けばヴェネツィア随一の見事なプライベートテラスがあるという、特別な一室になりました。プライベートプールを設けることも考えたのですが、承認を得られませんでした。取り外し可能という理由でジャグジーは設置できました。このスイートとテラスは、特別なお客様や、最大80名規模の結婚式、プライベートディナーを想定しています」

パオロ・ロレンツォーニ氏は2008 年にローマのエクセルシオール・ホテルよりグリッティ パレスの総支配人に着任し、2011 年からの修復の指揮を執った。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 28
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