RING OF TRUTH

−モハメド・アリ−
信じるもののために戦った男

January 2021

モハメド・アリは反逆者だった。そこには理由があった。
イスラム教、黒人の誇り、世界平和、そしてボクシング……。
彼の桁外れな強さは、論争を巻き起こし、文化的影響を与え、そして最も重要なことに、稀有で美しい力を持っていた。
text nick scott

Muhammad Ali / モハメド・アリ1942年、米ケンタッキー州ルイビル生まれ。元WBA・WBC統一世界ヘビー級チャンピオン。1960年ローマオリンピックで金メダルを獲得。その後プロに転向し、1964年にはソニー・リストンを倒して世界ヘビー級王座を獲得した。マルコム・Xと出会いその思想に共鳴。イスラム教にも改宗。ベトナム戦争への徴兵を拒否したことにより米国政府と長期にわたって争ったが、最終的には無罪を勝ち取ったことでも知られる。
写真はニューヨークの60thストリート、ブロードウェイにて(1963年)。

 モハメド・アリの伝説の一戦、1974年10月30日に開催された“ランブル・イン・ザ・ジャングル(キンシャサの奇跡)”は、史上最も有名で、スリリングなスポーツ試合である。そこまでに至るには、さまざまな理由があった。まず、ザイール(現在のコンゴ民主共和国)の独裁者モブツ・セセ・セコ大統領が、1000万ドル(当時約30億円)のファイトマネーを用意した。相手のジョージ・フォアマンは、37連勝中の無敵の世界ヘビー級チャンピオンだった。4回を除いてすべてノックアウト勝ちで、絶頂期だった。モハメド・アリは7歳年上でアメリカ軍への入隊を拒否した罰として、数年前にヘビー級王座を剥奪されており、ブランクがあった。フォアマンがスパーリングで負傷したため、試合は5週間延期されたが、そのために期待感はますます膨らんだ。

 イベントは、6万人の大観衆を前にして行われた。前座として3日間にわたるライブ音楽フェスティバルが開催された。多くのセレブリティも集まった。プロモーターのドン・キングは、これがスポーツ史の中で、最も重要な“事件”として語り継がれるであろうと予感していた。4年前に追放された後にリングに戻ってきたアリは、どうみても不利だった。ブックメーカーは4:1でアリの負けを予想した。

 しかし、この日の試合では、その狡猾さが最終的に若さを凌駕し、悪名高い“ロープ・ア・ドープ”作戦でフォアマンを追い込み、消耗させ、8ラウンドで見事ノックアウトを決めた。試合後、アリは得意のホラを吹いた。

「この試合のためにワニと格闘し、クジラと取っ組み合ったんだ!」と。

1962年、『Boxing Illustrated Wrestling News』を読みつつ、カメラを前にポーズするアリ

THE RAKE JAPAN EDITION issue 37
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