MILITARY HERO: THE TORNEK-RAYVILLE TR-900
伝説のダイバーズウォッチ
September 2019
photography piers cunliffe, michal solarski/the watch club
ベトナムでのジャック曹長。
前掲の3社以外ではブローバがいくつか試作品を作りテストを受けたが、結果は悲惨なものだった。そこに商機を見いだしたのがアレン・トルネク氏である。彼は、スイスのヴィルレ村にあったレイヴィル(「ヴィルレ」のアナグラム)の時計をアメリカに輸入していた人物である。レイヴィルはブランパンのブランド名で時計を製造する一方で、自前の製造設備を持っていないデパートや宝飾店のためにも時計を作っていた。トルネク氏とレイヴィルがこのプロジェクトに興味を持ったのには、いくつか理由がある。まず、1000本という発注数は彼らにとっては大量だったこと。次に、既にレイヴィルはブランパンとして「フィフティ ファゾムス」というダイバーズウォッチを生産しており、他社より有利だったことだ。
ところが大きな課題となったのは、時計を非磁性(ムーブメントが磁気帯びしないように保護される「抗磁性」とは異なり、一切の部品が磁力の影響を受けない仕様)にせよ、という要求である。このため、ケースに使用する特殊鋼をスウェーデンからわざわざ輸入し、通常とはまったく異なるケース作りを行うことになったが、それに伴いさらにスチールの耐性についての問題も生じた。
放射性物質による自発光 最初の入札公告から2年近くかかって問題をクリアし、ついにトルネクから第1号の時計が納入された。その時計はまずSEALsとUDTの隊員に、次いで他の海軍の部隊や海兵隊のダイバーに支給された。しかしブランパンの名はどこにも刻まれておらず、ケースの表面は無反射コーディングが施されており、フィフティファゾムスとはかなり異なった外観だった。文字盤の夜光塗料はラジウムでもトリチウムでもなく、プロメチウム147だった。
プロメチウム147が採用されたのは、水中でも夜間でも夜光インデックスがより明るく、より長時間光るからだ。しかし、これには欠点があった。トリチウムは半減期が約12年、ラジウム226は千数百年単位だが、プロメチウム147の半減期はわずか2.6年。市販用の腕時計ではこれほど短い半減期のものは受け入れられないが、海軍には、それだけ明るい光が求められていたのである。
時計の内部を非磁性にすることに比べると、特殊鋼の調達は些細な問題だった。そのためには、鉄でなく強化真鍮で脱進機を作る必要があった。ヒゲゼンマイも鉄で作ることはできなかったが、鉄の代わりにどんな素材が使われていたのかは、いまだに解明できていない。