Thursday, November 3rd, 2016

BIRTH OF A LEGEND:
THE ROLEX ‘PAUL NEWMAN’ DAYTONA

伝説の誕生―ロレックスの
“ポール・ニューマン”デイトナ

by wei koh
Issue07_P111_1

The basic colour themes defined by these dials
still influence contemporary Daytonas today
(check out the stunning white-gold ref. 116509).
ダイアルの特徴をなす基本的なカラーテーマは、今日でもデイトナの現行モデルに影響を与えている。
美しいホワイトゴールド製のRef.116509もその一例だ。

満を持してのデイトナ登場 1960年、ロレックスはコスモグラフRef.6239を発表した。これは、オメガのスピードマスターと同様に、タキメーターを時計のベゼルへ移行したモデルだった。その1年後には、基本的には同型だが、アクリルをはめ込んだベゼルを特徴とするRef.6241を発表。これらの時計はレース界ですぐに人気を博し、モータースポーツの楽園、デイトナビーチにちなんで“デイトナ”と呼ばれるようになった。

 トラック上を爆走するレースの雰囲気を取り入れようと、ロレックスはこれらの時計に個性的な“エキゾチック・ダイアル”を採用した。それは、一段高くなった中央部の表面が、窪んだサブダイアルやセコンドトラックとコントラストをなす立体的なデザインだった。

 当初、エキゾチック・ダイアルは悲惨なほど不人気だった。時計史家、オズワルド・パトリッツィ氏は、「当時のディーラーは、顧客が気に入らなければその場で取り換えられるよう、追加のダイアルを受け取ったものです。エキゾチック・ダイアルの多くは、ごちゃごちゃしているとか、奇妙だとかいう理由で、時計から外されました」と語る。

 では、それほどの憂き目を見たダイアルが、いかにして今日の輝かしいステータスを得ることになったのだろう? その転機をもたらした人物こそ、あの心の広い、我らが銀幕のレジェンドだ。

 エキゾチック・ダイアルを搭載したデイトナは、イタリア人コレクターたちが“ポール・ニューマン”と呼び始めると、突然引っ張り凧になった。しかし、偉大なマーケティング・ストーリーにはありがちなことだが、ニューマンとデイトナの付き合いがいつ始まったのかは定かではない。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 07
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