Making the Ultimate Bush Jacket

究極のブッシュジャケットを作る Part 2

May 2022

テーラリングの技だけでなく、紳士服の歴史も熱心に研究することで圧倒的なオーラを宿した服を創り出すビスポークテーラー・水落卓宏氏。

そんな彼がこの春夏、初めての既製服を世に送り出すという。

取り組んだのは、“究極のブッシュジャケット”。

1950年代のヴィンテージを丹念に解析し、超一流テーラーの技で現代に復刻するというキモ入りのプロジェクトだ。

そのメイキング・ストーリーを全4回にわたってご紹介。

第2回目は、ブッシュジャケットの歴史的変遷について語る。

 

 

text takahiro mizuochi (bespoke tailor dittos) 

direction hiromitsu kosone

 

 

 

 軍服は様々な環境や試練により、次々と進化を遂げてきた。現代のスーツも、その起源は軍服である。

 

 前回はミリタリーウェアの基本形である「サービスジャケット」と、そこから暑熱へ順応するために進化した「カーキドリル」について述べ、その一種として「ブッシュジャケット」が存在するということを述べてきた。本稿ではこのブッシュジャケットを“40年代型”と“50年代型”に分けて比較し、その歴史的進化について掘り下げてみたい。

 

 

 

 

 まず、大戦期の1940年代に生産されていた「1940 KHAKI DRILL:BUSH JACKET」から見ていこう。いくつか仕様のバリエーションが存在し、士官用のオーダメイド品と一般兵士用の量産品との間にも違いがあるが、代表的なデザインを挙げると上のようなものになるだろう。ちなみにセットとなるトラウザーズもあり、お馴染みのグルカショーツ型も存在している。

 

 では、細部を見ていこう。こちらはかなりテーラー・メイドの趣が色濃い。当時は英国の仕立て屋もブッシュジャケットを製作していたと聞くが、それも納得である。スーツと同様にノッチドラペルで、襟を起こすと学ランの様なスタンドカラーになる。返り襟の原型を彷彿させる作りだ。

 

 フロントは4つボタン。肩にはエポレットが付き、袖は現代的なジャケットスタイルである。筒型の袖口に装飾的なカフが付けられているのも特徴的だ。顎ダーツ、そして胸・脇ダーツによりウエストを絞り込み、シェイプの効いた立体的なカットを描き出している。胸にはアイコン的なカモメ型フラップ、そのポケットにはボックスプリーツ。大きな腰ポケットには、横と底辺にマチが設けられたベロウズポケットにボタン付きのフラップが備わる。生地は丈夫なコットンドリル。過酷な環境にも適応し、洗濯にも適した素材だ。ボタンはすべて簡単に取り外すことができる設計になっているが、これは多くの軍服に共通する特徴である。

 

 

 

 

 そしてこちらが’50年代の「1950 PATTERN KHAKI BUSH JACKET」。仕様にかなりの変化が起こっている。ちなみに写真の一着はブロードアローがプリントされた一般兵士用の量産既製服だ。‘40年代型との大きな違いは生地。トロピカルユニフォームの素材として軽さと通気性に特化した「セルラーコットン」が採用されている。“セル”とは細胞の意味で、生地に規則的な孔が並ぶ様子からそう名付けられたと思われる。要するに、メッシュ状に織られているのが特徴だ。

 

 襟はいわゆるオープンカラーになり、その名のとおり首元を開けて着ることが想定されている。肩にはエポレット、袖付けは折り伏せ縫いが採用され、より簡易かつ丈夫な仕立てになっている。胸ポケットは’40年代とほぼ同じだが、生地が薄くなったためポケット口の裏側に共地の帯をあてて補強している点に注目したい。

 

腰ポケットはマチが排除され、ボタンも省略されている。袖口はシャツのようなデザインとなり、剣ボロとバレルカフスが付く。これによって格段に袖をまくり上げやすくなり、大変重宝されたそうだ。胸・脇の各ダーツは健在だが、顎ダーツは消えている。また、ウエストベルトが後ろ身頃に縫い付けられているため、ベルトを紛失する心配がないのも特筆すべき点だ。

 

 こうして見ると ‘50年代型はよりシャツジャケットに近くなったともいえる。着用者の声によって、暑さをしのぐための進化がもたらされたというわけだ。

 

 

 

 

 ちなみにこの写真は1971年に撮影されたもので、被写体はいわずもがなチャールズ皇太子。’50年代型のブッシュジャケットが長きにわたって着用されていた事実を示している。このように、下着や素肌の上にシャツ感覚で羽織ることもできるのだ。

 

 余談となるが、ブッシュジャケットには腰ポケットがなく・ウエストベルトが着脱式になった「1957年型」 もあり、またヴィンテージ市場では半袖の個体も確認されている。ただ、半袖のものはお直しで袖をカットオフした可能性も考えられるだろう。

 

 かくのとおり時代によって変化してきたブッシュジャケットだが、私にとっては’50年代モデルが理想的。素材といいデザインといい、まさに“ツボ”にはまったのだ。

 

 

 

 

 私は以前、この「1950 PATTERN KHAKI BUSH JACKET」のヴィンテージをジャストサイズ&グッドコンディションで入手する機会に恵まれ愛用している。“格好いい”というよりも、“美しい”と評したくなる佇まいだ。その完成度は究極とさえ感じられる。随所に表れたパッカリング(縫い目の縮みによるシワ)も雰囲気満点。これは縫製時にミシンをコントロールすることで生み出すこともできるが、洗濯によって生地が縮むとさらに味わいが深まる。エイジングの歴史を感じさせてくれるディテールだ。

 

 

 

 

 タグには様々なスペックが表記されている。’50年代のモデルだが、生産されたのは1967年、製造はF.FRYER社。ブロードアローもしっかりプリントされている。サイズは7とあるが、おそらく新品時から相当縮んでいるだろう。

 

 

 

 

 生地は前述のとおりメッシュ状になっている。優れた通気性を誇り、非常に軽い。写真は左胸部分の内側を撮ったもので、フロント部分(写真右側)は身返しによって生地が二重になっている。横方向にも二重になっている箇所があるが、ここは胸ポケットの口部分。補強のため裏当てが施されている。

 

 一枚の部分は向こうが透けて見えるほど軽やかなこのセルラーコットンは、英国のエアテックス社というメーカーが手がけたもの。’70年代ごろまで隆盛していたが、現在生地作りは廃業してしまっているそうだ。

 

 機能性に優れた同社の生地は軍服だけでなく、下着やスポーツウェアなどにも採用されていた。

 

 

 

 

  話は逸れるが、こちらはエアテックス社製ファブリックで仕立てられたヴィンテージの英国製スポーツシャツ。昔のシャツはプルオーバー型が主流であり、ゆえに身幅もゆったりとしていた。身体のサイズにフィットさせて作られるようになったのは、シャツの主流がフロント全開きに移行してからのことである。着丈もかなり長いが、むしろこれくらいの丈が本来シャツのあるべき姿であり、今のシャツは異様といえるほど短い。もっとも着用スタイルと価値観が今と昔では違うわけだが……。

 

 

 

 

 生地のクローズアップ。ざっくりとしたメッシュ地だが、鹿の子などの編み地ではなく織物であり、まさにセルラーコットンである。

 

 タグに記されている“パックマン”のようなロゴは、「CC41」の文字を図案化したもの。“Controlled Commodity(管理された商品)”のイニシャルで、第二次大戦中に物資不足を危惧した政府がモノ作りへの制限を設けたことに由来する。このマークによって認められたモノのみが製造販売を許可されたというわけだ。この制限は1941年から‘51まで続いたという。つまりこのマークによって、本品は紛れもなく’40年代であることが証明されるのだ。

 

 ……話を戻してブッシュジャケット。そのディテールを様々な角度からご覧いただきたい。

 

 

 

 

 ここでウエストベルトのバックルに注目。2爪タイプの真鍮製で、英国ムードが濃厚に漂う。武骨で重厚、見るからにタフで、ちょっとやそっとで壊れることはなさそうだ。しかしこのバックル、ドリルで仕立てられたジャケットならまだしも、薄手のセルラーコットンで仕立てられたジャケットには少々重すぎた。前述のとおり’50年代型ブッシュジャケットはベルトが身頃に縫い付けられているが、バックルの重さでベルトを縫い留めた部分に負荷がかかり、ステッチが切れたり生地にダメージがかかったりしてしまうのだ。

 

 ただ感心するのは、バックルをベルトから取り外せる設計であること。洗濯時の配慮である。一方でヴィンテージ市場においてはバックルが欠落したものが多くなってしまったというデメリットにも繋がった。

 

 

 

 

 カフス周りは限りなくシャツに近いが、袖自体はスーツと同様の2枚袖を採用しており、緩やかな“くの字”のシルエットを描いている。剣ボロにはボタンが付くが、一応カフスの形態なので袖丈直しも比較的安易となる。

 

 

 

 

 続いて背中のラインを見てみよう。緩やかなカーブを描くヨークの両サイドにはアウトプリーツが畳まれ、これは裾まで続いている。極めてエレガントな後ろ姿だ。サイドのプリーツは腕の可動範囲を広げ、動きやすさに貢献している。裾にもプリーツが取られているため、いっそう動きに追従する設計になっているということだ。

 

 

 

 

 裾のプリーツを接写。その左には折り伏せ縫いされたシームが見える。小ぶりなサイドベンツも付いており、裾周りは両サイドのプリーツとベンツがともに開閉することによって、機動力が高められている。

 

 以上のとおり、随所に語りどころを満載したこの名品。現在に至るまでに多くのブランドやデザイナーがサンプリングし、市場にはイメージを寄せたものが溢れている。それだけ機能的で美しく、完成されたデザインということになる。

 

 サープラスガーメントは古くから民間にも浸透し、トレンチやダッフル、数々のフライトジャケットや軍パン、さらにはセーラ―服まで、枚挙にいとまがないほど我々の生活に根付いている。

 

 そして近年の日本はといえば、リモートワーク含め更にカジュアル化は進み、温暖化は刻一刻と進行し、年々夏は長く辛く……そんな環境下において、このブッシュジャケットほど適した服はないだろう。

 

 若き日の私は紳士服の歴史を学ぶうち、黄金期といわれる1930年代のスーツへと辿りついた。当時のヴィンテージスーツに触れ、購入して着用することに喜びも感じていたが、同時にこの美しいスーツを自らの手で生み出したいという衝動にも駆られた。当時の技を忠実に継承しつつ、現代を生きる人のためのスーツとして形にしたい。そんな想いが、テーラーたる私の原点でもあるといえる。

 

 ‘50年型のヴィンテージ・ブッシュジャケットを目の前にしたとき、そんな初期衝動が私の胸に再来した。ヴィンテージを忠実に再現しつつ私のフィルターも通すことで、最高に“説得力のある服”を作り出したい。デザイナーではなくテーラーの感性と技術で、この名品を復刻したら……そう思い立ってから早10年、遂にその構想を形にする。

 

 軍服がルーツゆえタイドアップも似合うし、もちろんジーンズなどに合わせて気軽に着てもいい。天候を気にせず、汚れを気にせず、汗も気にせず、手軽に家庭で洗濯できる。いわば理想の春夏服を今こそ作ってみよう。

 

 第一歩として取りかかったのは、いまや幻となったエアテックス素材の復刻。その模様は、次回たっぷりと語らせていただこう。