Making the Ultimate Bush Jacket

究極のブッシュジャケットを作るPart 3

July 2022

類いまれな仕立ての技とセンスに加え、紳士服の歴史にも圧倒的な造詣をもつことで知られる人気ビスポークテーラー「Dittos」の水落卓宏氏がこの春夏、初めて既製服の開発に乗り出した。

1950年代のヴィンテージを徹底解剖して現代に蘇らせたブッシュジャケットは、オリジナリティへの敬意という点において他ブランドとはケタ違いのレベルを誇る。

その制作秘話を4回にわたってお届けする本連載。

パート3(過去の記事:part1part2)では、プロトタイプ完成までのストーリーをお届けしよう。

 

 

text takahiro mizuochi (bespoke tailor dittos) 
direction hiromitsu kosone

 

 

 

 

 写真のチャールズ皇太子も着用している、「1950 PATTERN KHAKI BUSH JACKET」。ブリティッシュ・ミリタリーウェアの歴史的傑作であり、私がかねてより無から丸ごと再生したいと熱望していたガーメントである。その実現を目指すのが今回の既製服プロジェクトであり、まずは生地・設計(型紙)・縫製仕様を吟味するところからスタートした。

 

 既製品作りは、ビスポークと決定的に違う点がいくつかある。そのひとつは、縫製工場とのやりとりだ。ビスポークは自分自身が理解し、実践できればそれでいいわけだが、既製品においては生産を手がけるファクトリーが欠かせない。それにあたって準備しなければいけないことが、想像以上に多いのだ。単なる仕様だけでなく、こだわりと情熱をファクトリーへどれだけ伝えられるか。それこそが既製品作りにおける鍵なのである。

 

 今回のブッシュジャケット開発においては、まず私自身がプロトタイプを仕立て、生産においてどこがキモになるのかを、ひとつひとつ洗い出すことにした。完成したサンプルとともに、ファクトリーにとって参考となればと願ったがゆえである。

 

 オリジナルをできる限り忠実に再現しつつ、さりげない洗練も醸し出したい。リアルガーメント(古着)の持つ歴史、着心地、機能性、格好良さ、それらが生み出す説得力……すべてを兼ね備えた新品の服。それを理想に掲げて製作を行った。前回述べたオリジナルの特徴と比較しながら、再現度の高さを実感いただければ幸いである。

 

【Making the Ultimate Bush Jacket ―― Part2】

https://therakejapan.com/special/making-the-ultimate-bush-jacket_02/

 

 まずは、素材について。以前の記事でご紹介したとおり、1950 PATTERNのブッシュジャケットは「セルラーコットン」と呼ばれるメッシュ状の生地によって仕立てられている。当時の生産元であったエアテックス社で同じものを調達できれば話は早いのだが、ずいぶん前に生産を停止してしまった模様。技術進歩により、清涼感だけでいえばより優れた素材がいくつも現れたゆえ、それらに抗えなかったのかもしれない。

 

 その後も調査を重ねたが、残念ながら英国内の生地メーカーでセルラーコットンを織ってくれるところを見つけることは叶わなかった。イタリアのメーカーが似た生地をラインナップしていることを突き止めたが、やはりオリジナルとは別物であるし、別注するとなると大量のロットでオーダーをする必要がある。そもそも個人的には、イタリア製の生地を採用すること自体に抵抗を感じていた。究極のブッシュジャケット作りは、ここで早くも暗礁に乗り上げてしまうのである。

 

 その解決策は、わが国日本にあった。世界に誇る日本の技術をもって、失われたセルラーコットンを復刻しようと試みたのである。訪ねたのは、奈良時代から繊維産業が栄える尾州地区。今でも多数の素晴らしい織物工場が存在している。海外からの評価も高く、超一流メゾンなどにも生地を提供する実力派だ。

 

 

 

 

 生地好きの方なら、写真に映った「Kuzuri」の文字にピンときたことだろう。1912年創業の老舗「葛利毛織」に依頼し、苦労の果てにセルラーコットン復刻を実現したのである。同社のような老舗の歴史・技術・経験則をもってすれば、生地を分析して同じように再現することはそう難しくない。ただ、手間とコストも天秤に掛ける必要があるし、そもそもこういった特殊な生地をまとまって織ること自体、容易でないことは明白だ。

 

 というわけで、葛利毛織からすれば迷惑このうえないオーダーであっただろうが、こちらとしては熱意をもってお願いするしかない。その結果、何とか協力を取り付けることができた。葛利毛織の皆様にはただただ感謝している。

 

 さて、まずはエアテックス社のセルラーコットンを分析すべく、私物のヴィンテージ・ブッシュジャケットを提供して糸の太さや撚り方、組織や打ち込みなどを丹念に研究していただいた。染色や仕上げにもこまごまとリクエストを出し、織りあがってきた生地サンプルがこちらである。

 

 

 

 

 この再現力! 掛け値なしで感動ものだ。仕上がりを見たときはとにかく嬉しく、感謝が込み上げてきたのを覚えている。色々な無理難題を提出して苦労をかけてしまったことは恐縮至極だが、こうして幻のセルラーコットンを完璧に再現することが叶った。この素材をもって、究極のブッシュジャケットに大きく近づくことができたのである。

 

 

 

 

 ブッシュジャケットの味わいに欠かせないのが、エイジングが生み出すパッカリング(洗濯などにより生地が引き攣れて生まれるシワ)である。暑い地方で着用する服ゆえ、何度も洗濯が重ねられる。ゆえに生地が縮み、いい塩梅のパッカリングが出てくるというわけだ。今回製作するブッシュジャケットも、当然このパッカリングを念頭に置いている。そこで本作の型紙は、洗濯したあとの縮み具合も計算に入れて設計した。

 

 まずは貴重なサンプル生地を洗いにかけ、縮み具合を見極める。湯通ししつつ2度洗濯し、縦・横の縮率データを収集した。予想どおりというべきか、かなり縮みが出る生地である。これをふまえて、いよいよ型紙の設計にとりかかった。

 

 当時英国で用いられていた裁断書をベースとしつつ、洗い込まれたヴィンテージのサイズ感を微細に計測して得た“結論的サイズ感”の情報も落とし込んで、ファースト・パターンを描いていく。一度トワル(仕上がりを確認するための仮縫製見本)を組んで確認し、修正を加えてマスター・パターンとした。が、これで完成ではない。

 

 

 

 

 このマスター・パターンに、先の実験で得た生地の縮率を加味して再び型紙を引き直す。細かなパーツひとつひとつまで、入念な修正を加えた。これでやっと、型紙の完成である。文章で書くと早いが、テーラー仕事の隙間時間にコツコツを進めてきたため、相当な時間を要してしまった。

 

 

 

 

 かくして完成したのが、このプロトタイプ。かなりの自信作である。是非、前回紹介したヴィンテージと見比べてみていただきたい。技術をもったオタク(私)が再現したとあって、手前味噌ながら相当ディープな一着となった。

 

 以前述べたとおり、ブッシュジャケットは着用者が自分で洗濯を重ねて縮めることが醍醐味となる。そのため、製作段階では極力縮みが出ないように注意した。水もスチーム一切使わず、ドライアイロンのみで仕上げを行っている。

 

 それでは以下、製作の過程もご覧に入れよう。今回はプロトタイプのため私自身が仕立てを行っている。そのためこちらはハンドメイドだが、本番ではマシンメイドとなることをご了承いただきたい。

 

 

 

 

 各パーツの接ぎ目は「織り伏せ」という手法により、強度の確保とともに裁ち目を綺麗に隠す縫い方で仕上げる。ドレスシャツの脇や袖下などにも採用される手法だ。ファクトリーでは専用のミシンがあるので簡単に行えるが、ハンドだと一度地縫いをしたあとに縫い代を折って巻き込み、ステッチ押さえ……という流れになるため、かなりの時間を要する。だからこそ、ボタンホールなどと同じくマシンが開発されたのだ。これにより安価な大量生産が可能となっていった。

 

 

 

 

 こちらは脇の折り伏せとサイドベンツ。

 

 

 

 

 ハンドメイドだととりあえずしつけをしてしまうが、これは綺麗で正確に縫い上げられる一方、当然時間が掛かる。ファクトリーメイドにおいては、これらをどれだけ効率良く綺麗に早く縫えるか、ここが思案のしどころとなる。

 

 

 

 

 左側胸ポケット付近。左上の楕円はアームホールで、白糸は袖付けに使う合印となる。今回、フラップの両端には閂留めを施した。古着は省略されているが、やはり入っていた方が見栄え・ 実用性ともに優れることは間違いない。ボタンホールはスーツの場合シルク糸を使うが、こちらはより強度を備えつつシルクのような光沢を備えるスパン糸を使用している。

 

 

 

 

 左前身頃部分。腰ポケットのフラップにも閂を入れた。フラップの角がわずかにカーブしているが、この加減もヴィンテージにしっかり倣っている。

 

 

 

 

 胸・腰ポケット部分。フラップをめくると、ポケット口にも補強の閂を入れている。実用性を考えれば、やはり閂は入れるべきだ。

 

 

 

 

 オリジナルをイメージして、ネームも製作。生成りのコットン地で、あえてチープなプリントネームとしたのがこだわりだ。ヴィンテージと同様、洗濯とともにどんどん字が薄くなっていくはず。それが味なのである。

 

「2022」は開発年を示しているが、これもヴィンテージにあやかった表記。ブロードアロー物にも製造年・工場名とともに開発年が記載されている。

 

 

 

 

 左前身頃の裏側。胸部・腰部のポケット口から脇にかけて、補強目的で共地の帯を縫い付けている。サープラスやワークウェアでも頻繁に見受けられる仕立てだ。

 

 

 

 

 それにしても、葛利毛織製のセルラーコットンは雰囲気が素晴らしい。通気性の高さもオリジナル同様だ。

 

 

 

 

 左右の前身頃・後身頃が合体し、肩入れを行う前の状態。肩が結合するとアームホールが生まれる。これで7〜8合目くらいの進捗だ。

 

 

 

 

 各ポケットは着用時の膨らみを考慮し、外回りの分量を加えて据えている。ハンドメイドの服作りでは呼吸するのと同じくらい当たり前のことだが、こういった言わなければ分からない小さな技術は随所に秘められている。

 

 

 

 

 こちらはウエストベルト。私はボタンホール用のミシンを所有していないため、プロトタイプでは手かがりしている。

 

 

 

 

 バレルカフスに剣ボロが付いた袖は、1950年代からの仕様を採用したもの。シャツのように腕まくりがしやすいのが特徴だ。

 

 

 

 

 Dittosのドレスシャツには剣ボロの開き止まり部分に閂を施すが、ブッシュジャケットも同様に閂留めを。袖のアウトシームをなぞるようにして袖開きを作っている。

 

 

 

 

 袖山が低いため、かなり腕が上げやすく動きやすい設計。シャツの袖は1枚袖だが、こちらは2枚袖でジャケットに近い。また、腕の形に沿って緩やかな “くの字”を描くことで、シャープで綺麗なシルエットを生み出している。

 

 

 

 

 肩を入れ、袖を付け、そして襟を付けたところ。最後にベルトを付けて組み上がりとなる。

 

 

 

 

 ベルトのバックルは以前にも触れたとおり、金属製だと重厚すぎてブッシュジャケットにはアンバランス。ヴィンテージにはその支障(ほつれ・破けなど)がしばしば見られる。ゆえに、ここもモディファイが必要な部分であり、軽くて丈夫で見映えのよい革巻きバックルに変更を行なった。英国サープラスガーメントに倣って2爪バックルにしているのもポイントだ。ちなみにトレンチコートの革巻きバックルは多くが1爪である。

 

 このバックルはベルト裏側のボタンで簡単に着脱できるので、洗濯時には外すことが可能。ちなみにヴィンテージも同様の仕様だが、ゆえにバックル欠損個体が多い。

 

 そしてこのウエストベルト、背中から脇まで身頃に縫い付けられているのも特徴である。いうまでもなく紛失予防のための設計だが、そのぶん縫い止まり部分には力が加わるため、型紙・縫製に補強の工夫を凝らしてグレードアップを図った。

 

 

 

 

 襟の内側にはオリジナルと同様、ハンガーループを。この襟腰部のみ共地の力芯を抱かせて、襟の返り具合や落ち着き、安定性の向上を図る……という密かなテクニックも凝らしている。

 

 

 

 

 かくして、ついに完成を迎えたブッシュジャケット。参考のため、ヴィンテージと見比べてみよう。

 

 

 

 

 こちらが1967年製の「1950 PATTERN」ブッシュジャケット。

 

 

 

 

 そしてこちらが、Dittosの既製ブッシュジャケットである。完成後、一度洗濯をしてみたが、これからもっと味わいを増していくことだろう。着込んでいくのが楽しみでならない。無の状態からここに辿り着けたことに、感無量である。

 

 

 

 

 ちなみに、身頃に顎グセ(襟の下から胸ポケットにかけて走る斜めのダーツ)を入れているが、これは1950PATERNにはない仕様。顎グセを入れたほうが体へ立体的に馴染むことと、それ以前のモデルには顎グセが施されていたことから採用している。ほかはオリジナルを忠実に再現。たとえばボタンひとつにしても、当時のものに近い英国製のものを取り寄せて採用している。コスト高にはなるが、妥協できないポイントだ。

 

 

 

 

 脇ダーツはアームホールの手前で止めている。脇下がゴロゴロと硬くなることもなく、スッキリした雰囲気になるのが特徴だ。

 

 

 

 

 ベルトを留めないとこんな様子。ベルトは腰ポケットに突っ込んでもいいし、背中で留めてしまうのもアリだろう。写真ではトルソーが小さいためシルエットがあまり出ていないが、ウエストなどにシェイプの効いたカッティングになっている。

 

 

 

 

 内側はすっきりとシンプル。内ポケットもなしだ。縫い代は折り伏せ部分も含めてすべて極力シャープに仕上げている。見てのとおり、裏地も肩パッドもなし。接着芯の類は一切使用していない。究極にシンプルゆえ、素肌の上に着てもいいほどだ。

 

 このプロトタイプをベースにファクトリーと連携し、本生産をスタート。6月よりDittosにて販売を開始した。価格は9万9000円で、5 (S)・ 7(M) ・ 9(L) の3サイズ展開。ネームには参考値として、オリジナルと同じく胸囲・腰囲の数値を入れている。

 

 表層的なデザインやバランス、ディテールを追ったブッシュジャケットなら、もっと安価なものがいくらでも見つけられることだろう。しかし、ビスポークテーラーが手がけた既製ブッシュジャケットというのはかなり珍しいはずだ。もともとは私の好きが高じて製作した一着であるゆえ、そのぶんこだわりも満載している。繰り返しになるが、オタクな技術者が作るからこそ、“深度”が段違いと自負している。

 

 連載最後となる次回は、このブッシュジャケットの着こなし例をご紹介しようと思う。引き続きご注目いただきたい。