Making the Ultimate Bush Jacket

究極のブッシュジャケットを作る Part 1

May 2022

ブッシュジャケット(サファリジャケット)が春夏のアイテムとして定着して久しい。

しかし、世の中に出回っているものは、オリジナルの意匠をトレースした“サファリ風”が大半である。

そこで、傑出したこだわりで知られるビスポークテーラー ディトーズの水落卓宏氏は、残された本物を研究し、当時と同じ仕様を持つ、究極のブッシュジャケットを現代に蘇らせることに挑んだ。

その一部始終を、4回のシリーズに分けてご紹介しよう。

 

 

text takahiro mizuochi (bespoke tailor dittos) 

direction hiromitsu kosone

 

 

 

 本題へ入る前に、前置きとして少々予備知識を語らせていただきたい。

 

 紳士服において私が最も重要と考えるのは歴史がもたらす説得力であって、今回のブッシュジャケットについても、その奥深さについてまずお伝えしたいからである。

 

 

 

 

 これは、「ミリタリー・サービスジャケット」を着るチャーチルである。撮影されたのは1949年だ。シングルブレステッド、ノッチドラペル、4つ釦でフロント裾部はスクエアカット。ウエストには共地のベルトが付き、キュッと絞られたシルエットはまさにエレガントの極み。このようなアワーグラス(砂時計)型シルエットこそ軍服を象徴する特色のひとつであり 現代の英国スーツが宿すエレガンスにも繋がったものだ。

 

 胸ポケットにはボックスプリーツが畳まれ、空を飛ぶカモメを思わせる美しいM字カーブを描いたフラップに“らしさ”が光る。腰にはやはりフラップ付きの大きなパッチポケットが備わるが、それらは多くの場合「ベロウズポケット」とよばれるマチ付きの構造である。さらに肩章などが付けられるのも特徴だろう。

 

 恰幅のいいチャーチルにジャストフィットしたサービスジャケットは、見るからに誂えであることがわかる。凛々しく威厳があり、軍服の美しさや格好良さが凝縮された佇まいだ。

 

 

 

 

 英国の古い裁断書にも、このジャケットはもちろん掲載されている。ボタンやベルト、バックル、肩章などが詳細なイラストで記述されていて、大変わかりやすい。ほかの裁断書では R.A.F(空軍)、ARMY(陸軍)などと区分され、「オフィサーズ・サービスジャケット」の名で掲載されている。往時の将校は誂えのものを着るのが一般的で、時代や仕立屋によるバリエーション、そして注文主によるアレンジもさまざま存在したことだろう。

 

 さらに古い時代の軍服はテールコート型だったが、そのテールが取り去られこのような形状に落ち着く。ちなみにこれらミリタリーの上着は「チュニック」ともよばれている。

 

 ミリタリーのサービスジャケットは完成された美しさとバランスを兼ね備えている。同カテゴリーの軍服は多くの国においてかなり酷似しているが、それだけ完成されたデザインであるということの証だろう。同時に、大英帝国の強さ、影響力を表すものでもあると推察される。

 

 機能美の極みでもあるこのサービスジャケットは、以降多様な展開・発展を見せる。多くの軍服のベースともいえるアイテムなのだ。

 

 さて、前置きが長くなってしまったが、今回私が製作したのは 「ブッシュジャケット」というサープラスガーメントである。英国好き、サープラス好きの方にはお馴染みだが、多くの方々にとってはあまり聞き慣れぬ名前かもしれない。だが、“サファリジャケット”といえばすぐにイメージが浮かぶことだろう。現在、一般的にブッシュジャケットはサファリジャケットの同義語とされている。しかしながら私としては、冒険旅行をルーツとするサファリジャケットとブッシュジャケットは明確に区別したいところだ。

 

 戦地は多岐にわたる。生死をかけた兵士にとって、それぞれの環境に適応するための軍服はいうまでもなく大変重要で、戦地に合わせて多彩な発展を繰り返してきた。暑い地方では当然ながら、少しでも涼しく過ごすための工夫が考案されていく。生地、そして色などがその代表例だ。

 

 

 

 

 写真右に立つのは、英国王ジョージ6世。1942年、北アフリカ戦線にて撮影されたものだ。ジョージ6世は最後のインド皇帝でもあった。国王が着用しているのは「カーキドリル」とよばれるサープラスガーメントの一種である。

 

 “カーキ”はいうまでもなく色の名前。インドに駐留していた英国軍が汚れを気にして当地の土で服を染めたのが始まりとされている。“ドリル”は密に織られた綾織りコットン地のことで、チノクロスと同じだと考えてもらえばいい。英国ではドリルとよばれるのだ。

 

 迷彩効果を発揮し、汚れが気にならず、丈夫で洗濯もできるカーキドリル。デザインのベースは冒頭で紹介したサービスジャケットに似ていることがわかる。テーラードジャケットのように芯や肩パッドなどで成形することもなく、基本的には一重仕立てか、それに近い手法で仕立てられている。シャツジャケットやアンコンジャケットに近いともいえるだろう。ちなみに同カテゴリに分類される服として、シャツやショーツ(短パン)なども展開されている。

 

 ちなみに、国王の隣はバーナード・モンゴメリー中尉。モンティとの愛称でも呼ばれ、ダッフルコートに関連した人物としても有名だ。

 

 

 

 

 こちらの写真では、チャーチルの右にモンゴメリー中尉、そして左側にはアレグサンダー将軍が写っている。カーキドリルの上着、ポケットの特徴は冒頭のサービスジャケットと同じだが、襟はスタンド・アンド・フォール・カラー(STAND & FALL COLLAR)になっている。要はシャツ襟のように、台襟と襟羽根に分かれた襟である。

 

 これらカーキドリルがどれだけマストで着用されていたかが、おわかりいただけるだろう。

 

 

 

 

 これはR.A.F.(英国王立空軍)のオフィサーズ・カーキドリル。リアルな当時の現物だ。メタルボタンが付き、まさにオフィサー仕様である。

 

 ウエストのベルトは英国らしく 2爪タイプのバックルだが、アジャスト用のバックル穴は3対しか空いていない。注文主のサイズを合わせて仕立てるため、既製品のようにいくつも必要ないわけだ(むしろ手穴で何個もかがるのは大変だろう)。また、袖口のデザインバリエーションも多いのだが、この仕様を覚えておいてほしい。

 

 

 

 

 さて、将校など一部の軍人は誂えで揃えていたサープラスガーメントだが、その他多くの軍人たちも同様にというわけにはいかない。彼らには国が準備した“官有物”として軍服が支給されるわけだが、英国ではこれら官有物に「ブロードアロー」という矢印のようなマークが付けられている。サープラス古着がお好きな方々にとってはお馴染みのマークだろう。(このマークデザインにも由来と歴史があるので お好きな方は調べてみてほしい)

 

 

 

 

 多くのアイテムには呼称や時代、製造元などが記載され、ブロードアローのマークが付けられている。既製品だからサイズも細かく展開され、身長、バスト、ウエスト等で区分けされているのがわかる。

 

 

 

 

 “PATTERN”というのは型紙のことであり設計図のようなものだから、時代とともに発展・変化していく。これを見れば、どの時代のガーメントであるか一目瞭然であり、時代と関連したディテールやバランスの変化・発展、逆に排除・簡素化という流れも追えることになる。

 

 

 

 

 これもシングル・ブレステッドの4ポケット、カーキドリルのブッシュジャケットである。ある程度大きなくくりとして「カーキドリル」というカテゴリーがあり、その中で「ブッシュジャケット」というスタイルが存在していたと理解いただければいいと思う。

 

 ちなみにカーキドリルの他にジャングルグリーンというのもあった。(サープラスを語り出すときりがなくなるので、ここでは割愛する)

 

 

 ……かなり長くなるブッシュジャケットの話だが、ひとまず今回はここまでとさせていただこう。サープラスは説明を簡潔にまとめるのが難しく、なかなか分かりにくいところもある点をお詫びしておきたい。

 

 要するに、実際に存在したたくさんのサープラスガーメントの中で、暑い地方で任務をこなす人々が着用していたブッシュジャケット(カーキドリル)があまりにも魅力的で格好良く、大好きなので、是非皆様にも知って頂きたいとDittorsでオリジナルの復刻プロジェクトを立ち上げた、というのが本稿の趣旨である。

 

 次回は写真も多く用いて、より具体的に解説していこうと思う。ぜひお付き合い願いたい。