VANACORE NAPOLI

ラグジュアリーを追求するナポリの新星“ヴァナコーレ”という卓越したエレガンス

November 2023

生まれながらのエレガンスを纏ったナポリのヌンツィアータ兄弟。彼らが生み出す「ヴァナコーレ」のシャツは、ふたりのエレガンスそのままに、どこまでも上質でラグジュアリーだ。

 

 

text and photography yuko fujita

still photography jun udagawa

styling akihiro shikata

 

 

ルイージ・ヌンツィアータ(左)、サルヴァトーレ・ヌンツィアータ(右)

兄ルイージは1988年、弟サルヴァトーレは1994年、ナポリ郊外オッタヴィアーノ生まれ。ファミリービジネスはクルマ関連。超貴重なヴィンテージカーだけでも97台ものコレクションを所有している。メンズのクラシックスタイルへの情熱から、2011年に「ヴァナコーレ」の経営陣に加わり、2018年から完全オーナーに。ルイージはプレジデンテで、CEOであるサルヴァトーレが指揮を執り、最高品質のシャツを手がけている。

 

 

 

 朝の9時にナポリのマルティーリ広場まで迎えに来てくれた初対面のサルヴァトーレ・ヌンツィアータとは、車内で自己紹介がてらのナポリ話に花を咲かせた。「君の血は半分ナポレターノだね!」と冗談めかし、ピーノ・ダニエーレの“Napule È”をかけてくれた。気がつくと、ふたりしてメロディーを口ずさんでいた。

 

 初対面のナポリ人とは、お気に入りのリストランテやピッツェリア、ワインやカッフェの話から始まって、もちろんサルトリアについてもたっぷり語り合うのだが、そこから映画や音楽の話になると、パオロ・ソレンティーノやピーノ・ダニエーレを熱く語って盛り上がるのが常だ。特にピーノ・ダニエーレはディエゴ・マラドーナ同様、全ナポリ人のハートの中で生き続けているくらい誰もに愛されている存在である。ピーノ・ダニエーレへの愛を語ってナポリ人の“懐”に入れればすぐに打ち解けられ、取材はより楽しくなる。

 

 向かっている先は、ナポリの隣町ポルティチだ。ブルボン家が統治していた1738年にポルティチ王宮の建設が始まったのを機にナポリの王侯貴族たちのヴィッラが次々と建ち並び、高貴な避暑地として栄華を極めた歴史をもつ。1839年、ヨーロッパで初めての鉄道が開通したのもポルティチだった。優雅なヴィッラ群は今なお健在で、絶好のロケーションを誇る洗練されたリストランテもあり、街並みは往時の繁栄を偲ばせる。

 

 

少数精鋭の工房。素晴らしいチームワークをもち、それぞれの仕事のクオリティは非常に高い。

 

ミシンステッチの完璧な美しさは特筆すべき点。シャツの手縫いは9工程で取り入れている。余談だが、ネイルは美しいナポリカラー。セリエAでナポリが33年ぶりにスクデットを獲ったことで、町も人々の服装も、ナポリカラーで溢れていた。

 

 

 

 この町で生まれ育ったサルヴァトーレ・ヌンツィアータは、16歳でチェーサレ・アットリーニの服に袖を通し、そこからサルトリア仕立ての世界にのめり込んでいった。ジャンニ・ヴォルぺら知る人ぞ知る凄腕のサルトもお気に入りだが、最近はエティケッタすらつかない85歳のローカル老サルトを贔屓にしているという。ポルティチが栄華を誇った時代、王侯貴族の服を仕立てるためにたくさんの仕立て職人がこの街に移り住み、仕立て文化が発展していった歴史があり、ポルティチや隣町のサンジョルジオ・ア・クレマーノには、今も多くの仕立て職人が住んでいる。そして、ここ「ヴァナコーレ」も、そんなポルティチの歴史的背景があったからこそ生まれたシャツ工房だ。

 

「私たちがこの会社のオーナーとなる以前、ヴァナコーレはクラシックなドレスシャツのみを手がけている会社でした。ただ、今日ではよりスポーティなものが求められるようになっています。私自身も好んでスポーティなシャツをよく着ていることもあり、昨今ではそういったシャツの展開を増やしているところがあります。が、単にスポーティにするのではなく、ラグジュアリーな素材に徹底してこだわっています。シャツでしたらカルロ リーヴァ、アルモ、シクテスなどの生地が中心で、シャツジャケットでしたらロロ・ピアーナのカシミアやビキューナ混といった具合にです。美しい仕立てのシャツは、最高品質の素材と組み合さることで、何倍も輝いたエレガンスを放ちます。それは最高の着心地よさをもたらすと同時に、着る人の心も豊かにしてくれます。最高のシャツを最高の素材で、というのが私たちヴァナコーレのアイデンティティなのです」

 

 

公式オンラインショップに並ぶサファリジャケットは今や主力モデルに成長した。素材はいずれもカシミア90%、ビキューナ10%で、€1500。

 

襟の型紙の中に“JIUKI”の文字を発見。これはヴァナコーレを愛する三越伊勢丹のバイヤー・山浦勇樹氏の襟型ではないか! イタリア人が“YUKI”をこう表記してしまうのはよくあること(笑)。

 

ナポリのシャツの手縫いは、美しいミシン縫いがあってこそより引き立つ。

 

 

 

 かつてはラグジュアリーブランドのOEMも請け負っていたが、自社ブランドの人気が伸びてきた今は、自社ブランドのみの生産に切り替えた。「ヴァナコーレ」は現在、スウェーデンやセルビア、韓国などでも展開されており、新たにアメリカへの大々的な進出も決まったという。サルヴァトーレの目下の目標は、日本で再び展開されることだ。日本のマーケットに向けた取り組みは非常にユニークで、日本人と生み出すクリエイティブな仕事が、世界に大きな影響を与えうるものだとわかっているからだ。

 

 8名の職人からなる小さな工房だ。が、至高のハンドメイドシャツ作りにおいては、最低限の設備と数名の素晴らしい職人がいれば十分事足りる。取材中、職人どうしがより高いレベルで仕事を教え合ってさらに技術を高めようとする姿が何度か見られた。サルヴァトーレ同様、情熱漲る彼女たちの姿が微笑ましかった。

 

 工房内にゲストの宿泊ルームを、上階にB&Bを作るべく、取材日は工事の真っ最中だった。

 

「一緒に仕事に取り組むパートナーたちへのホスピタリティを大切にしたいんです。情熱を注いで素晴らしいシャツを一緒に創る仲間ですからね。特に日本人の素晴らしいクリエイションとの化学反応を楽しんでみたいんです」

 

 

 

ス ミズーラで選んだサファリジャケットの生地は、ウール×カシミア×アルパカ。大きなヘリンボーンとネイビーの色合いがとても美しく、大変しっとりしたタッチ。シャツもクリーンな仕立てだ。ヴァナコーレは注文主の感性によって、最高にクールなモデルを生み出せる、高い技術をもっている。それを心から楽しむ若きサルヴァトーレもいる。日本での展開を心待ちにしている。サファリジャケット€1,200~、シャツ€250~(以上ス ミズーラ価格) both by Vanacore

 

上のサファリジャケットを裁断しているところ。採寸してから10分後に裁断し、1時間後に仮縫い。翌日に中縫いしてその1時間後に納品という凄まじい仕事の速さ。ナポリ人の“本気”を見せてもらった。