LA VIDA CARMINA

マヨルカ島発、このクオリティをこの価格で
“カルミーナ”

Sunday, September 13th, 2020

マヨルカ島の靴職人カルミーナは、地中海の小さな島から全世界にその名を轟かす、優れたシューメーカーである。一度そのクオリティとリーズナブルな値段を知ると、もう他のメーカーには戻れない……。

 

 by christian barker

 

 

 

 

 マヨルカ島は地中海に浮かぶスペインのバレアレス諸島のひとつだ。ビーチリゾート、入江、石灰岩からなる山があり、ローマ人やムーア人の遺跡で知られている。

 

 ローマ時代から、ほぼ2千年にわたり、マヨルカ島の経済の中心はブドウ栽培だった。そのワインは、「In vino veritas(酒の中にも真実がある)」との言葉を遺した古代ローマの博物学者ガイウス・プリニウス・セクンドゥスによって賞賛された。

 

 しかし悲しいことに、1900 年代初頭に、島の 75,000 エーカーに及ぶブドウの木がフィロキセラによって病死し、ブドウ産業は壊滅した。マヨルカ人は新たな収入源を求めざるを得なくなった。そこで多くの人々が革なめしや靴作りに転向したのだ。

 

 

CARMINA

BROWN SCOTCH GRAIN LEATHER JUMPER BOOTS

$ 525

CARMINA

BURGUNDY CORDOVAN LEATHER JUMPER BOOT

$ 1,050

 

 

 1950 年代に観光産業がさかんになるまで、靴作りはマヨルカ島の主たる収入源だった。インカの町はマヨルカ島の靴製造の中心地だった。1866年、マティアス・プハーダスはここで靴工房を創業し、これが後にカルミーナ社となる。

 

 1900年代初頭には、二代目のマテオ・プハーダスが、当時の最新技術であるグッドイヤー製法を取り入れた。マテオはこの新しい製法に大いなる可能性を見出し、工房は大いに発展した。

 

 

 

 

 マヨルカ島の靴は、島の人件費の低さから、高品質とリーズナブルな価格設定のせいで、ヨーロッパ中で求められるようになった。マテオの孫であるホセ・アルバラデホ・プハーダス(愛称:ペペ)が1960年代初頭に事業を引き継いだ頃には、需要が急増しており、1980年代には年間10万足の靴を生産するまでになっていた。

 

 しかし、2世紀前にフィロキセラが地元のワイナリーを全滅させたように、1990年代にはアジアからの安価な輸入品が、マヨルカ島の靴製造業を危機に陥れた。

 

 ぺぺは、前述プリニウスの言葉である「終わりから新たな始まりが始まる」という警句を心に留め、生産量を減らし、より少ない生産量でより良いものを作ることを目指した。この新しい職人的な会社は、彼の妻に敬意を表し“カルミーナ”と名付けられた。ぺぺは、娘と息子たちと共に、高品質なハンドクラフト・フットウェアのブランドを立ち上げたのだ。

 

 

 CARMINA

BROWN NORWEGIAN SPLIT TOE SUEDE DERBYS

$ 420

CARMINA

BLACK WHOLECUT CORDOVAN LEATHER OXFORD SHOES

$ 750

 

 

 今日では、スタイルと構造の両面で、イタリアやイギリスのシューズメーカーに対して、カルミーナのシューズは完全に独自のものとなっている。特に、お買い得感という点では、カルミーナの100%グッドイヤー・ウエルテッド製品は、驚くべき価値を提供している。

 

 一足一足が昔ながらの職人の手作業で作られている。パターンは手でトレースされ、ラストは手彫りされ、最高級の皮革が、ひとつひとつハンドカットされている。アッパーはラストの上に4日以上かけて型取りされ、底付けはヴィンテージの道具を使って行われる。

 

 フラッグシップであるコードバンを使用したモデルをはじめ、このクオリティのものを、こんなリーズナブルな価格で手に入れられるのは、現代を生きるわれわれにとっても、まさに僥倖である。

 

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