GRACE PERIOD

【追悼】エリザベス女王とその生涯

September 2022

 

 

変わる時代に、

唯一変わらないもの

 

 戴冠式の様子はテレビでしか見たことがないが、それは遠い過去から直接中継されているようで印象的だった。完璧に振り付けられた演劇のようで、私の心をとらえた。時代錯誤的な催しであることは確かだが、それにもかかわらず、感動を呼び起こした。

 

 しかし、皮肉なことに、1953年の戴冠式が心に残るものになったのには理由があった。エリザベス女王が即位するまでに、英国は「式典」というものに対して、十分な練習を積んでいたのだ。

 

 そのときまでに、3回の戴冠式が行われ、4人の君主の葬儀が行われた。1953年の時点で70歳だった人は、ヴィクトリア女王、エドワード7世、ジョージ5世、エドワード8世、ジョージ6世、そしてエリザベス2世の治世を生きてきたことになる。そして、エリザベス2世が即位70年を経たとき、われわれの世代は、学校教育を受け、半世紀にもわたって働き、引退生活を送っている人もいるが、他の王は誰も知らなかった。過去から現在まで、英国が歩んできた道において、女王陛下はわれわれの唯一の国王であった。しかし、その他のことでは、ほとんどにおいて激動ともいえる変化が起きた。宗教儀礼、性風俗、社会の分断、交通、テクノロジーなど、すべてが大きく変わった。

 

 エリザベス女王が統治を始めたとき、ウィンストン・チャーチルはダウニング街にいた。英国は自らをまだ世界の大国だと思っていた。そして、冬のロンドンはいつも霧に覆われていた。

 

 エリザベス2世が即位したとき、ヴィクトリア朝時代から英国で生きてきた人たちは、さまざまなことに思いを馳せた。若い新女王の誕生はノスタルジックに受け止められた。エリザベス1世の再来と騒がれたのだ。

 

 戴冠式の日は、『タイムズ』紙がエベレストを征服したというニュースを報じた日と偶然重なっていた。このニュースは、ジャーナリスト・著述家でエベレスト遠征隊に参加したジェームズ・モリス(1926~2020年)によってもたらされた(その後彼は性転換手術を受け、ジャン・モリスとなった)「彼女」はこう書いている。

 

「私のレポートが1953年6月2日にロンドンで出版された。この登頂は大英帝国として、最後の偉業となった。エリザベス2世の戴冠式のまさにその朝である。あのときは、新しいエリザベス朝の始まりだと、皆が喜んでいた」

 

 しかし女王は、賢明にもこの騒ぎを抑え、現実的に物事を見ようとした。

 

「私は、王冠が単に私たちの統一の抽象的なシンボルではなく、私たちの間の個人的で生きた絆であることを示したいと思っています」と女王はその年のクリスマス放送で語った。

 

「私の治世が新しいエリザベス朝時代を実現するのではないかという期待もあるようです。しかし正直なところ、夫にも子供にも恵まれず、専制君主として民を支配し、故郷を離れることがなかったチューダー朝の偉大な先達と、私自身はまったく似ていないのです」

 

 21世紀においては不適切な表現であるが、彼女は英国が「他の、まだ後進的な領土」をリードしていると語っていた。しかし、「王国は、もはや帝政ではない」ことも強調していた。

 

 

ロイヤルツアーでオーストラリアを訪れたときの女王。彼女は当時スタイル・アイコンだった(1954年)。

 

 

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