BREGUET MANUFACTURE

精緻を極めたブレゲの手仕事

Monday, September 14th, 2020

マニュファクチュールを長く非公開としてきたブレゲが、拡張工事完成に伴いジャーナリストを内部に招き入れた。

謎のベールに包まれていたブレゲの製作現場は、高品質と美しさとをかなえる職人技術に溢れていた。

 

 

text norio takagi  photographs by courtesy of Breguet

 

 

右側の建物が、1910年に竣工した旧ヌーベル・レマニアのファクトリー。左側が最初に拡張された工房で、裏の敷地に広大な翼棟が増設された。ヌーベル・レマニアは、1884年の創業したムーブメント・メーカー。当初からクロノグラフや複雑機構を得意とし、多くの名門時計ブランドに使われてきた。

 

 

 ブレゲの歴史は1775年、稀代の天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが、フランス・パリのシテ島に開いた工房に始まる。そして1976年、スイスの時計産業が集約するジュウ渓谷に工房が設立されるまで、ブレゲの時計製作の拠点は、パリであった。今もミュージアムを併設する本店をパリのヴァンドーム広場に置くのは、これが理由だ。

 

 現在のブレゲのメイン・ファクトリー「ブレゲ・マニュファクチュール」は、ジュウ渓谷の町ロリエントにある。通りから見える白亜の建物は、1910年の竣工。その前身は、高級ムーブメント・メーカーであったヌーベル・レマニア(以下、レマニア)のファクトリーだ。1999年、投資会社が所有していたブレゲとレマニアをスウォッチ グループが買収。そして同グループは、すぐさま当時、事実上のブレゲのムーブメント工場でもあったレマニアの拡張工事を敢行した。

 

 そして2002年、既存のおよそ2倍まで拡大した新ファクトリーが完成。その翌年に、ブレゲとレマニアは統合され、ブレゲ・マニュファクチュールとして再出発を果たしたのである。さらにその後、2度の拡張工事を経て、昨年12月に新たな翼棟が完成したブレゲ・マニュファクチュールは、総面積2万平米を超え、ジュウ渓谷屈指の規模を誇るまでに至った。

 

 事務機能は近隣の町ラベイに、ケース工場も別の町にあり、ここロリエントのマニュファクチュールはムーブメントとダイヤル製造、そして設計・開発を担っている。広大な建物の内部には、ブレゲとレマニアが培ってきた優れた技術とノウハウが集約されていた。例えばパーツの製造部門では、今では他社でもほとんど見ることがない金型が現役で活躍中だ。部門の責任者は「金型があることが、真のマニュファクチュールであることの証し」だと胸を張る。

 

 かつてムーブメントを構築するメインプレート(地板)とパーツを留めるブリッジ(ウケ)は、金型を用いたプレスで製作されていた。複雑な凹凸も、歯車などの軸受けの穴も、大きさ・位置ともに、金型によるプレスであれば、そのまま形が部材にトレースされるため、加工精度は極めて高い。しかし、手間と時間がかかる。ゆえに近年は、どこも軸穴まで含め切削加工できるコンピューター制御のCNC工作機械を導入している。

 

 

左:主にムーブメントの地板とウケとをプレス加工するための金型が、ズラリと並ぶ。最も古い金型は1940年代製で、レマニア時代からブレゲの時計に搭載された全ムーブメントの金型が保管され、再生が可能だ。今もムーブメントを新開発する度に金型も製作し、高精度加工を実現する。こうした金型による加工は、レマニアが得意としてきた技術だ/右:エングレービング工房。大きく窓が採られ、陽光がたっぷり降り注ぎ、手元を照らす。それぞれの職人が使いやすい工具を用意し、自動巻きローターやダイヤルにさまざまな模様が手彫りされ、唯一無二の美しさが刻まれてゆく。

 

 

本記事はISSUE12(2016年9月24日発売号)にて掲載されたものです。
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