When Michael and Tina Ruled the World

マイケルとティナが世界を動かした頃

September 2019

アンディ・ウォーホルが取り巻きに囲まれ、ジョン・レノンが最後の晩餐を楽しみ、デヴィッド・ボウイやジャン=ミシェル・バスキア、マドンナも常連だったレストラン、ミスター・チャウは1980年代のニューヨーク・セレブの御用達だった。経営はマイケル&ティナ・チャウ。
世界を股に掛けたふたりの人生はまるで京劇のように波瀾万丈だった。
text stuart husband

マイケル&ティナ・チャウ。ニューヨークのクリスティーズの外で(1979年)。

 1980年代半ばのある夜、映画プロデューサーのブレット・ラトナーは、ニューヨークのミッドタウンへ中華料理を食べに出掛けた。

「座っていたら、すぐ隣にデヴィッド・ボウイが来たんだ。向かいの席にはジャン=ミシェル・バスキアにアンディ・ウォーホル、キース・ヘリング、マドンナもいた。すぐに、世界中で一番お気に入りのレストランになったよ」

 この話を聞けば、ラトナーの訪れた店がどこだかわかる。常連のセレブがチキンサテやクルマエビに舌鼓を打つ店、“ミスター・チャウ”である。ウォーホルの58歳の誕生日パーティーを取り仕切ったのも、カリスマ的人気を誇ったこの店のオーナー夫妻だった。

 マイケル・チャウは、エルメスのビスポークスーツを一分のすきもなく着こなして、トレードマークのコルビジェ風メガネの奥から、アルマーニを着たウェイターたちが、シャンパンを注ぎ、魚の骨を丁寧に取る様子に目を光らせていた。

 妻のティナ(モデルとして活躍し、ヘルムート・ニュートンやセシル・ビートンといった写真家のミューズであった)はハーブ・リッツやカール・ラガーフェルドのような友人たちと、ファッション界のゴシップに花を咲かせていた。

 70年代に一世を風靡した“スタジオ54”のように、57番街のミスター・チャウも、ニューヨークのヒップな人々から、熱烈な支持を得ていた。

THE RAKE JAPAN EDITION issue 19
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