RAKES OF RIVIERA

リヴィエラの道楽者たち

February 2018

text nick foulkes

パメラ・チャーチルと息子のウィンストン。彼女はジェットセッターのひとりで、アリ・カーンともジャンニ・アニェッリとも恋仲になった。

イタリアが誇る永遠の「RAKE」

 当代きってのレディキラーは他にもいた。シャトー・ド・ロリゾンの常連客で、名だたる名門に生まれた男はダンディな女たらし、道楽者として有名だった。いまだに語り継がれるその男―「アッヴォカート」の愛称で知られるジャンニ・アニェッリ―のイメージといえば、イタリア経済界の大御所、日焼けした彫りの深い顔立ち、考え抜かれた個性的な装い、権力の象徴といったところか。

 ヘンリー・キッシンジャーの言葉を借りれば、「イタリアが誇る永遠の権力者、いつまでも変わらぬ存在」である。イタリアでは1946年に王政が廃止されているため、アメリカのケネディ家と同じく、アニェッリ家は同国の「ロイヤルファミリー」のような存在だ。

 アニェッリの祖父は亡くなる直前に「お前は少し遊んでから会社を継いだほうがいい。若いうちに羽目を外しておきなさい」と言い残した。彼は祖父の遺言に従った。祖父が見込んだヴィットリオ・ヴァレッタに会社を任せ、100万米ドル超の年収を確保しながら、ギャップイヤーならぬギャップジェネレーションを取った。会社を継いだのは1966年のことである。

 アリやルビより若いジャンニには、彼らに追いつくためにするべきことがたくさんあり、女性を次々に誘惑するという務めに取りかかった。彼の手中に落ちた美女のなかには、アニタ・エクバーグ(仕事仲間が打ち合わせに訪れたとき、彼のデスクの上に裸で立っていた)やリンダ・クリスチャン(南米のプレイボーイ、フランシスコ「ベイビー」ピグナターリからも求愛を受けていた)、ダニエル・ダリュー(ルビが戦時中に結婚していた美しい妻)もいた。彼はシャトー・ド・ロリゾンのテラスでアリの恋人のひとりを口説いたこともある。それが、サー・ウィンストン・チャーチルの息子ランドルフと別居中の妻パメラ・チャーチルだった。

「ジャンニは彼女との交友関係を通じてさらに国際派になった。社交から美的センス、調度品の選び方まで、パメラは彼にいろんなことを教えたの」と語るのは、友人のプリンセス・ガリツィンだ。パメラは社交の場でジャンニのパートナーを務め、いずれ結婚することを夢見て最善を尽くした。ふたりはコートダジュールの豪邸でロイヤルカップルのように注目を集めた。

 最初に借りたのはシャトー・ド・ラ・ギャループ(コール・ポーター夫婦やジェラルド・マーフィー夫妻といったアメリカの金満家夫婦が“リヴィエラの夏”を楽しんだ別荘)である。次にジャンニはラ・レオポルダという広大なヴィラを購入して、さらに格を上げた。シャトー・ド・ロリゾンよりはるかに豪華で、21世紀初頭には世界で最も高価な邸宅とされ5億ドルで売りに出ていたそうだが、買い手がつかなかったそうだ。コートダジュールで最も見事な邸宅は、リヴィエラの憧れの的で、「華やかな1950年代でもひときわゴージャスなシーンだった」とオレグ・カッシーニは回想する。

「ガラディナーには国際的な社交界、政界、芸能界から最高に魅力的な顔ぶれが揃った。ラ・レオポルダでの至福の日々ほど贅沢なひとときを過ごしたことはない。後年、ケネディ大統領と過ごしたニューポートではヘリコプターにヨット、シークレットサービスの集団まで随行していたけれど、使用人の数と贅沢さではラ・レオポルダにかなわなかったな」

 パメラとの関係はすぐに終わり、アニェッリは1953年にプリンセス・マレーラ・カラッチオーロ・ディ・カスタニェートと結婚した。が、彼にはいっこうに落ち着く気配がなかった。タテ・テオドラコプロスは半世紀前の夏を微笑みながら回想する。

「1962年の8月、私たちはカラベル(中距離用ジェット)でローマからニースに飛んだ。ニースからは、アリストテレス・オナシスがヘリコプターに乗せてね」

 ラ・レオポルダの敷地にはヘリコプターを着陸させるスペースが十分あったが、アニェッリはそんなやり方はしなかった。

「我々はヘリコプターからジャンニ宅のスイミングプールに飛び込んだのさ。オナシスが首を振って『なぜだい?』と言ったことを覚えているよ」

 なぜそんなことをしたのだろう。後の世代が当時を振り返ったときに驚かせるためだ。往時の富裕層は別格だった。ヘリコプターから自邸のプールに飛び込むなんて実にスタイリッシュだし、往時のジェットセッターにとってスタイルほど重要なものはなかった。それはまさに男の世界だったが、そんな男性たちに口説かれる女性たちもまた華やかだった。

スウェーデンのセックスシンボル、アニタ・エクバーグとジャンニ・アニェッリ

THE RAKE JAPAN EDITION issue 10
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