AN ICONIC PIECE OF HISTORY: THE DUNHILL LIGHTER
歴史を灯す逸品ダンヒルのライター
May 2025

「バーレイ ターボ ライター」パラジウムプレートで覆われたターボ式ライター。クラシカルな意匠に最新機構が組み込まれている。ダンヒル・ブランドのシグネチャーであるバーレイパターン(大麦模様とも呼ばれる直線を交差させた幾何学的デザイン)が施され、渋い輝きと高いホールド性を実現させている。¥215,600 Dunhill
ダンヒルの歴史は、1893年、ロンドン、ユーストン・ロードにて始まった。創業者アルフレッド・ダンヒルが21歳のときに、父親の経営していた馬具製造会社を継承したのだ。
アルフレッドは「ダンヒル モートリティーズ」という自動車アクセサリーのラインを立ち上げ、“Everything but the motor(クルマ以外のすべて)”をスローガンに、さまざまなグッズを扱い始めた。今では当たり前となった装備「トランク」を発明したのはダンヒルだという。また1912年には、本物のクルマ「トゥウィニー」を売り出している。
1904年、運転中の喫煙のための「ウィンドシールドパイプ」の特許を取得した。キャッチコピーは「強風の中でもクールで経済的な喫煙を実現します」というものだった。ここからダンヒルは喫煙具の分野へと進出する。1907年には、デューク・ストリートに、タバコとパイプの専門店をオープンした。
1914年、ダンヒル初のライターがラインナップに加わった。しかし、これはロープを使う昔ながらのもので、あまりヒットしなかった。
ダンヒルの名を一躍有名にした「ユニーク」ライターが発売されたのは1924年のことである。このライターは、片手で簡単に着火できる革新的な機能を持っていた(それまでのライターの着火には両手が必要だった)。
親指を使って着火点をカバーするスニップキャップを開け、フリントホイールを回し、ワンアクションで火を点けることができたのだ(1919年に作られたプロトタイプにはマスタードの缶が使われていた)。この機構は今日に至るまで、いろいろなライターに生かされている。

左:1904年、ロンドン・コンデュイット・ストリート5番にオープンした「ダンヒル モートリティーズ」。右: 1907年、デューク・ストリートにオープンした、タバコとパイプの専門店(1928年撮影)。

左:先見の明に溢れていたダンヒル創業者アルフレッド・ダンヒル(1872~1959年)。右:映画『007 /ドクター・ノオ』(1962年)にてボンドがダンヒルのライターでタバコに着火するシーン。
1925年のカタログの冒頭には、次のように書かれている。
「第一次世界大戦の退役軍人によるオリジナルデザイン。片腕の男でも簡単に確実に明かりを点すことができます」
その特許は、ほとんどのユニークライターの底面に刻印されている有名なNo.143752で、5年前に英国とフランスでワイズ&グリーンウッド(W&G)というふたりの紳士によって申請されたものだった。ダンヒルはその独占販売権を取得し、スイスの「ラ・ナショナル」社と契約を結び量産体制を整えたのだ。
ユニークライターは発売直後から大ヒットし、ポケット用、ハンドバッグ用、テーブル用とさまざまなライターが売り出された。花籠をあしらった宝石付きの特別注文も入り、その価格は1500ポンド(現在の貨幣価値でおよそ500万円弱)もしたという。
1936年にはスリムな「トールボーイ」ライターが発売された。これは画家パブロ・ピカソに気に入られ、恋人ドラ・マールへのプレゼントとされた。贈る際には、トップ部分にピカソ自らがドラの顔を手彫りした。

葉巻をくわえ、サブマシンガンを手にする元・英国首相ウィンストン・チャーチル(1940年)。
チャーチルが愛したダンヒル 1939年に第二次世界大戦が勃発すると、タバコやライターどころではなくなった。しかしそんな中でも、当時の宰相、ウィンストン・チャーチル(1874~1965年)は、ダンヒルにお気に入りの葉巻をたくさん預けていた。
1941年、ダンヒルの店がドイツ空軍の爆撃にあったとき、直ちにマネージャーが首相官邸に「あなたの葉巻は大丈夫です」と電話したという逸話が残っている。
戦後、ダンヒルはライターのデザインに一層注力した。1949年、卓越した職人ベン・シリングフォードがデザインした「アクアリウム」ライターは、今なおライターにおける技術と芸術の頂点とされている。
水で満たされ、魚が泳ぐ水槽を模した筐体の上に火が点くというウィットの利いた品である。チャーチルは「池の鯉」バージョンを所有していたという。

左上:ユニークライターのプロトタイプ。マスタードの缶が使われている。右:1949年のアクアリウムライター・シリーズ。内側から装飾を施すリバース インタリオの技術が使われている左下:1936年製「トールボーイ」ライター。ピカソは初期型を手に入れ、自らの手で恋人ドラ・マールの顔を彫り込んだ。
1953年になると、ダンヒル史上最大のヒット作「ローラガス」ライターが発売された。当初は限定生産で、その特許が1956年に認められるまでカタログには掲載されていなかった。
ローラガスは、充塡式のブタンガスを燃料とし、オイルに比べ火力が安定しており、臭いもなかった。ガスに高圧をかけ、液化したままの内部保存を可能としていた。火力の調節バルブもついており、炎の大きさを調節することができた。当時としては、画期的な技術である。
色はゴールドとシルバーが基本で、柄はギヨシェ彫りによる大麦に似せた「バーレイコーン」などが人気だった。これらの表面模様はダンヒルのアイコンとして今日まで続いている。
ちなみにローラガスは日本へは、1959年の貿易制限が撤廃されると同時に輸出され、爆発的に売れた。それ以来、日本はダンヒルに最大の利益をもたらす市場のひとつとなっている。
1969年には、当時の好敵手だったエス・テー・デュポンに対抗するべく、ローラガス「70シリーズ」を発売した。このモデルは、カバーのヒンジが隠されたダンヒル初のライターで、スマートな外観を特徴としていた。このヒンジは1971年から標準的なローラガスにも採用された。
1970年代に入ると、「ジェムライン」をはじめ、より装飾性に優れたモデルが発売された。しかしながら、70~80年代に興った世界的な嫌煙運動により、ライターのみならず、タバコ文化全般が急速に衰退していくことになった。

充填式のブタンガスを燃料とし、安定した火力を実現した「ローラガス」シリーズは爆発的ヒットとなった。スリムで高級感あふれるデザインは、1953年の発売以来変わらない。左:「バーレイ ローラガス ライター」¥166,100、右:「ライン GP ローラガスライター」¥194,700(5月頃発売予定)both by Dunhill
ボンドやルパンにも愛された ダンヒルのライターには、有名人の愛用者も多かった。前出のチャーチルに加え、ジェームズ・ボンド・シリーズの生みの親、作家イアン・フレミング(1908~1964年)もそのひとりだった。フレミングは自身の作品中でも多くのシーンでダンヒルを登場させている。
シリーズ一作目でショーン・コネリーのボンド・デビュー作である『007/ドクター・ノオ』(1962年)では、タキシード姿のボンドがダンヒルのローラガスでタバコに火を点けている。
1974年公開のボンド映画『007/黄金銃を持つ男』では、敵役スカラマンガの黄金の銃を構成するパーツ(リアスライド部)として、ダンヒルのゴールドのライターが使われている。
他にも、ハンフリー・ボガード(1899~1957年)、マレーネ・ディートリッヒ(1901~1992年)、フランク・シナトラ(1915~1998年)、ジョン・F・ケネディ(1917~1963年)、エルヴィス・プレスリー(1935~1977年)、ヨルダン国王フセイン(1935~1999年)、そしてローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズ(1943年~)など、その顧客リストには、錚々たる顔ぶれが並んでいる。
面白いのは、日本発の漫画、モンキー・パンチ原作の『ルパン三世』にも、たびたびダンヒルのライターが登場していることだ。
アニメシリーズ『ルパン三世 PART4』(2015~2016年)や映画『峰不二子の噓』(2019年)では、ルパンがダンヒルのライター「スクエアーボーイ」でタバコに火をつけている。実写版『ルパン三世』(2014年)でも、主演の小栗旬がダンヒルのライターを使っている。
ダンヒルのライターは、数え切れないほどの素晴らしい逸話に彩られている。嫌煙が叫ばれて久しいが、それによって、ブランドと顧客が長年をかけて築き上げてきた文化まで「消去」されることは、避けなければならない。
ダンヒルのライターは、われわれが後世に受け継いでいくべき、歴史的な記念碑なのである。
いま買える、ライターセレクション
シンプルで機能的、高級感に溢れ、どこかユーモラス……男ならひとつは持っていたいダンヒルのライター逸品集。

「ブルー アクアリウム モス テーブルライター」英国の田園地帯、ヤグルマギクの中を舞い上がるエンペラーモスが描かれている。裏面には、鮮やかな赤色の芋虫が。各バージョンは世界中で22個のみ販売。¥2,005,300 both by Dunhill

左:「ユニーク バーレイ パイプフレームライター」エレガントなシルバーコーティングされた真鍮製で、シグニチャーであるバーレイ模様が施されている。¥100,100 右:「シルバー ディスコボール テーブルライター」遊び心溢れるディスコのミラーボール風テーブルライター。シルバープレートの真鍮製。¥359,700 both by Dunhill

左:「モアレ ローラガス ライター」シルクのモアレを再現した繊細なパターン。真鍮にゴールドプレート。¥215,600 右:「ブルドッグ ローラガス ライター」英国の象徴でチャーチルの愛称でもあったブルドッグがあしらわれたユーモラスなライター。¥166,100 both by Dunhill

右:「ブラック ローラガスライター アリゲーター ブラックゴールドプレート」表面にアリゲーターレザーが施された高級感あふれる仕上がり。真鍮にゴールドプレート製。¥280,500左:「サーペントヘッド ローラガスライター」巳年を記念したイヤーモデル。ヘビの目はカボションカットのロードライトがはめ込まれている。¥301,400 both by Dunhill
本記事は2025年3月25日発売号にて掲載されたものです。
価格等が変更になっている場合がございます。あらかじめご了承ください。
THE RAKE JAPAN EDITION issue 64