From Kentaro Matsuo

THE RAKE JAPAN 編集長、松尾健太郎が取材した、ベスト・ドレッサーたちの肖像。”お洒落な男”とは何か、を追求しています!

岸秀明さん:3代目は英国仕込みのジェントルマン経営者

Saturday, February 25th, 2023

岸秀明さん

マルキシ代表取締役社長

 

 

text kentaro matsuo

photography natsuko okada

 

 

 

 

 

 

 秋葉原と神田駅の間に位置する神田須田町は、オフィスビルや商店が立ち並ぶ普通のビル街ですが、昔は毛織物を扱う問屋が集まる「ラシャの街」として知られ、戦後、高度成長期のピーク時には100軒を超す服地卸がひしめいていたそうです。

 

 1941年創業のマルキシもその中のひとつでした。創業者の岸静一氏は群馬県前橋市から上京し、丁稚奉公と苦学を経て、一代で事業を興します。その後、高度成長の波に乗り2代目社長の岸克彦氏の時代には150名近い社員を擁する大手へと躍進しました。そんな名門の3代目が、今回ご登場の岸秀明さんです。

 

「私は神田駿河台に祖父が持っていた屋敷で生まれました。育ったのは杉並です。小学校6年生になる直前の春休み、父親から『お前、イギリスへ行くか?』と聞かれました。そして英国ヨークシャーのハロゲートという街で3週間ほどホームステイをしました。ハロゲートは日本でいえば芦屋のような場所で、お金持ちがたくさん住んでいるところです。私は父の取引先の社長の家へ預けられたのです。英語なんて全く話せなかったので、楽しかったけど苦労もしたことを憶えています」

 

 マルキシは生地のインポートを生業とする会社ゆえ、英国には知人が多かったのでしょう。岸さんと英国との長い付き合いはここから始まりました。

 

「大学を2年で休学して、英国へ渡りました。ヨークシャーのカレッジに入った後、ロンドンの大学に編入し、ビジネスとファイナンスを学びました。ただでさえ難しい会計などの話を、現地の学生に交じって英語でやらなければならない。しかも毎学期、何本も論文を提出しなければいけない。あのときほど勉強したことはありませんでした」

 

 そのおかげで、海外のミルやマーチャントの人と直接話せるようになったのは僥倖だったといいます。

 

「帰国し、父の会社を継ぐ前に、どこかで修業をと思って大手アパレル企画職の面接を受けると最終まで残りました。そこで父にその話をすると、なんと激怒し出したのです。『これだけいいようにさせてやったのに、まだ好き勝手するのか!』って。そこで『なら、入社なんてしない!』、『もう、絶対に入れてやらん!』と口論になってしまって……。しかし結局、最終面接で落ちてしまい、他のアテもなく、すごすごとマルキシに入社したのです(笑)」

 

 

 

 

 もうこの業界に24年間も身を置いているだけに、生地とテーラー業界の変遷を誰よりもよくご存知です。

 

「日本はテーラーが多い国です。1000店以上はあります。北海道から沖縄まで、どこへ行っても仕立て屋がある。一人あたりのテーラーの数は、本場英国よりぜんぜん多いでしょう。こんな国は他にはないと思います。ただしここ10年で、後継者不足から、昔からやっている店は激減しているのも事実です。2代、3代と続くテーラーは稀です。その代わりヨーロッパで修業してきた若手や、事業として新しく始める30〜40代の人が増えています。兼業でファッション・コンサルタントをやっているような人も多いのです。テーラーの平均年齢は20年前より確実に下がっています。実をいえば、イチから型紙を引いたり、自社で職人を抱えるところは少数派です。ビスポークとイージーオーダーの比率は、圧倒的に後者が多い。もう90%以上は縫製を外注しています。しかしその中で、ほんの一握りの海外帰りの人が、すごく有名になっているのも面白いところです」

 

 スーツを作られるお客様も、若い人がどんどん増えているといいます。

 

「コロナ禍で、ユニフォームとしてスーツを着る人が減りました。スーツは嗜好品となりつつあります。実はいま、テーラーが忙しいのは成人式の前なのです。成人式にスーツを着よう、どうせ着るならオーダーにしようという若者がとても多いのです。しかも、グループで来店して同じスーツを作ったり、同じデザインで色違いのスーツを誂えるのです。それでスタジオを借りて写真撮影をする。まるでEXILEみたいに(笑)。私の時代には、なかった文化です」

 

 そういうの、なんとなく知っていましたが、そこまで盛り上がっているとは……。THE RAKEも成人式に着るスーツ特集をやるべきでしょうか?

 

 

 

 

 さてそんな岸さんの格好は……

 

 スーツは、神戸のコルウで誂えたもの。ハリソンズの“ファイン・クラシックス”という生地が使われています。

 

「英国ハリソンズは、一番取り引きの大きいマーチャントで、傘下に6つのブランドを持っています。ナポリのソリートやパリのチフォネリ、サヴィル・ロウのヘンリープールあたりでも、『日本におけるハリソンズのディストリビューターだ』といったら温かく迎えてもらえました。ファイン・クラシックスは目付が370g/mと今となっては重めの生地なのですが、仕立て映えがする素晴らしいファブリックだと思います。スーツは重め、地味めが好きで、グレイやネイビーばかりです。その方が飽きが来ず、長く着ることが出来ますからね」

 

 シャツは、根本修さん率いる西荻窪のリッドテーラーで作ったもの。実は岸さんの現在のお住まいは西荻窪だそう。「ニシオギ」といえば、ウチのフクヘンにして町中華評論家のフジタの地元でもあります。フジタおすすめの町中華“博華”の餃子で育ったそうです。

 

 

 

 

 タイは、マルキシが日本総輸入元を務めるアルべニ 1905。

 

「ミラノのネクタイ・ブランドです。もともと芯地の専門メーカーで、今でも多くの一流ブランドに芯地を卸しています。当たり前ですが芯地の出来が抜群で、締め心地もいい」

 

 

 

 

 時計は、IWCのGSTクロノグラフ。

 

「2004年に結婚を記念して買いました。IWCはアクアタイマーも持っていて、ジャケットやカジュアルなスタイルのときには、そっちをしています」

 

 

 

 

 シューズは、フォスター&サン。

 

「あとはチーニーとジェイエムウエストンをよく履いています」

 

 ちなみに、おすすめのスーツ生地ベストスリーは? との無茶振りな質問には、ひとしきり唸った後、

 

「英国フォックスブラザーズの“グレイフランネル”、人とは違う趣味性の高い生地といったらこれしかない。それからハリソンズの“プルミエ・クリュ”、もう最高にバランスがいい。そしてイタリア、ヴィターレ・バルベリス・カノニコの“スーパービオ21μ”、太めの原毛をあえて使用し、しっかりしたボディへと織り上げられた味のあるスーツ地です」とのお答えでした。

 

 

 

 

 ところで……、岸さんはマルキシに入社した後、お父様と衝突し、一度会社を飛び出してしまいます。

 

「フルトンという傘のブランドを輸入しようと思い付きました。故・エリザベス女王も愛用していた透明傘で有名なブランドです。当時の日本には代理店がなかったのです。そこで企画書を作ったのですが、プレゼンする前に誰かに見てもらいたいと思いました。そこで当時紹介してもらったばかりのBLBGの田窪寿保社長にお会いしたのです。そうしたら一読された後、『うん、よく出来ているね。ところで、もしダメだったらウチへ来ない?』と言われたのです」

 

 フルトンの結果は残念ながらNGで、岸さんは、そのままBLBGへ入社されました。

 

「当時のBLBGは骨董通り沿いにヴァルカナイズ・ロンドンを作ったばかりで超イケイケの会社でした。ものすごいスピード感でしたね。大変でしたが、楽しかった。とにかくアイデアを出して、それを実行する。例えば、私の後ろに座っている人が、必死でペンギンを探しているのです。手当たり次第に電話をかけて『そちらにペンギンはいませんか?』って(笑)。たまたまグローブ・トロッターの新作のテーマが南極で遭難死した探検家ロバート・F・スコットで、イベント会場にアイスバーを作って、生きたペンギンを放したかったのですね……」

 

 田窪さんとは、クラシックカー、特にライトウエイト・スポーツへの寵愛も共通するところ。

 

「現在の愛車は、1953年式 オースチンヒーレー100/4です。英国へ行ってから、クラシックカーが大好きになりました。その魅力は“非日常感”でしょうか? 同じスピードでもフィーリングがぜんぜん違う。しかし、GBラリーやラ・フェスタ ミッレミリアで酷使したら、また何ヶ月も入院しなければならなくなりました。田窪さん風にいえば、『好調に走っていることが奇跡』で、それだけで嬉しいのです(笑)」

 

 岸さんは、英国の名門ロイヤル・オートモビル・クラブ(RAC)の会員でもあります。RACはマイケル・オブ・ケント王子を名誉総裁とする超名門のジェントルメンズ・クラブで、王族・貴族を筆頭に、ポール・スミス、スーパーモデルのデヴィッド・ガンディなど、錚々たるメンバーを抱えているといいます。

 

「ハリソンズの社長、マーク・ダンスフォードさんに連れて行ってもらって、『メンバーになりたいなぁ』と思っていました。ヘンリープール社長のサイモン・カンディさんとマークに推薦人になってもらって、1年間の審査の後、2018年にようやくメンバーになれました。宿泊施設もあるので便利です。出張時には、いつもここに泊まっています」

 

 前出の田窪さんも数少ないRACの日本人メンバーです。

 

 私が思うに、この方の「気配り力」は、素晴らしいものがあります。

 

 インタビュー中も、私が過去に作った記事のことを非常によく覚えておられ、さりげなく知識をサポートして頂き、どっちがインタビュアーなのか、わからなくなるような一幕もありました。現在の副社長は、かつてBLBG時代の上司だった方だそうですが、これも岸さんが持つ人徳の賜でしょう。

 

 2012年に社長に就任されてから、過去11年はいかがでした? との問いには、

 

「楽しいが半分、辛いが半分、でしょうか? マルキシは私が生まれたときがピークであり、かつて150人いた社員は、ずいぶんと減ってしまいました。社長室は廃止し、私は総務部のなかに座っています(笑)。しかし身軽なのはいいことです。自由自在に動けますから」

 

 そう仰った時の顔はライトウエイト・スポーツカーを操るドライバーのように明るく輝いていました。

 

 THE RAKEの編集長としては、これから生地や仕立てといったテーラーリング・ビジネスが、復活してくれることを切に願っています。創刊以来一貫して、この世界を追求し続けているからです。岸さんのような人がいれば、きっと希望に満ちた未来が拓けることでしょう。

 

 

ヘンリープールにて誂えたロイヤル・オートモビル・クラブのハウス・チェックを使ったブレザー。RACのシンボルカラーであるネイビー、レッド、ホワイトを取り入れた11オンスのセグレイブ・ツイードはハリソンズ製。

 

2014年と2018年に製作したハリソンズ別注のグローブ・トロッター。内張りにハリソンズの生地が張られている。オーダースーツ業界で働く人への特別販売品で市販はされていなかったが、現在は本国、日本法人の協力で現行の定番品が取引先に卸販売されている。