SIXTY YEARS OF BOND'S BEST SUITS
60年にわたるボンドのベストスーツ
October 2022
THE RAKEとジェームズ・ボンドとの共通点の中で、最も明白なのは、私たちがテーラード・スタイルを愛してやまないということだろう。特にサヴィル・ロウのスーツやアクセサリーのチョイスは似通っており、この架空の英国人スパイに親近感を抱いてしまうのだ。
by CHRIS COTONOU
ダニエル・クレイグが『007/スペクター』(2015年)で着用したブルネロ クチネリのスーツ。
ジェームズ・ボンドとスーツは、切っても切れない間柄だ。ジェイソン・ボーン風のシェルジャケットとスニーカーで敵を倒す姿など想像もつかない。過去60年の間、新しいボンドが誕生するたびに、その時代のカットやトレンドに合わせたテーラリングが採用されてきたが、その洗練されたスタイルはどこか英国らしさを残していた。
また、俳優のボンドに対する個人的なアプローチも忘れてはならない。ショーン・コネリーは、非常にクラシックな雰囲気だった。ジョージ・レーゼンビーは、キルトやフリルといったグルーヴィーなタッチを好んだ。ロジャー・ムーアは、派手なプレイボーイ風のスーツをチョイスした。ピアース・ブロスナンは、90年代のアルマーニ風ワイドショルダー・プロポーションだったが、コネリーの控えめさを取り戻した。そしてダニエル・クレイグは、サヴィル・ロウではなくトム・フォードを選び、スリムなフィット感とオートクチュールのようなラグジュアリーさを追求した。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年)では、イタリア・マテーラでの追跡シーンで、イタリア人デザイナー、マッシモ・アルバがデザインしたソフトなツーピースを着用していた。ある雑誌には、「この007はコーデュロイを着ている」と書かれた。その通りだ。ボンドのスタイルは変わった。ボンドは、一箇所のテーラーにこだわるのではなく、さまざまな場所で買い物をするようになったのだ。
ボンドは『007/ドクター・ノオ』(1962年)でフェリックスに、自分のスーツはサヴィル・ロウで作られていると言っているが、実は初期のスーツはコンデュイット・ストリートのテーラー、アンソニー・シンクレアによって作られていた。シンクレアの「コンデュイット・カット」は、サヴィル・ロウのハンツマンやアンダーソン&シェパードのような厳格な特徴はなく、できるだけクラシックかつ気取らないものを目指していた。これは1960年代のモダンなジェントルマンにぴったりであり、現在でもタイムレスに通用するコンセプトだ。
『ドクター・ノオ』のフォーマルシーンは、タキシード姿かくあるべしというものだ。『ロシアより愛をこめて』(1963年)や『007/ゴールドフィンガー』(1964年)に出てくるワードローブは、男性なら一着は持っていたいベーシックなものばかりである。特に後者のフルカ峠でアストンマーティンを飛ばしているシーンのスタイルは素晴らしい。
ロジャー・ムーアはロンドンのメイフェア、マウント・ストリートにあったテーラー、ダグ・ヘイワードに衣装を依頼した。ヘイワードはセレブに大人気の店だった。「ヘイワード・ルック」は、サヴィル・ロウのテーラリングをよりトレンディに進化させたもので、ムーアのカリスマ性と茶目っ気にぴったりだった。
コネリー時代のグレンチェックやオフィスネイビーに代わって、パウダーブルーやタンが登場し、パンツの裾は広がった。『007/黄金銃を持つ男』(1974年)に出てくるように、サファリジャケットは異国の地にふさわしいスタイルとなった。ボンドはもはやスーツを着こなすだけでなく、オケージョンに合わせた着こなしを意識するようになったのだ。
イタリアの高級ブランド、ブリオーニが担当したピアース・ブロスナンのスーツは、コネリーやダルトン時代を思わせる、よりクラシックでマスキュリンなものへと回帰していた。ダークな色調は、ブロスナンの演じるボンドにマッチしており、スタイリッシュだった。『007/ゴールデンアイ』(1995年)で、ネイビースーツを着て自動小銃を構える姿は、ムーア時代の華やかさとは一線を画す男性的なものだった。
ブリオーニは、ダニエル・クレイグの初登場作品『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)でもボンドのスーツを作り続けた。この作品には、ボンドがホテルの鏡に映った、洗練されたタキシード姿の自分を、満足そうに見つめるシーンがある。それは、彼がカジュアルな殺し屋であると同時に、完璧なスーツを着た諜報員にもなれるという自信の表れだった。クレイグのボンドが「ハマリ役」になった瞬間だった。
次の作品では、サヴィル・ロウのボンドは過去のものとなり、スーパーデザイナーのトム・フォードが衣装を担当した。よりオートクチュール的なテイストを取り入れ、ぴったりとしたカットが物議を醸し出した。フォードのルックの中で最も素晴らしいのは、『007/スペクター』に登場するミッドナイトの葬儀用スーツだ。死を悼むと同時に、モニカ・ベルッチを誘惑してしまうほどの魅力を放っている。また、『007/スカイフォール』(2012年)の砂漠のシーンでのコットンタンの衣装は、ムーアやレーゼンビー時代の自由なファッションにボンドが回帰した例といえるだろう。
クレイグの任期が終わり、今後ジェームズ・ボンドがどうなるにせよ、スーツは007の最も重要な服装であり続けることは間違いない。もしかしたら、サヴィル・ロウに戻ることになるのかもしれないし、フォードが仕事を引き継いで新しい時代を切り開くのかもしれない。
いずれにせよ、60年もの長い間、ボンドと彼のシャープなテーラリングは、無数の素晴らしいインスピレーションを提供し、われわれはそこから学び続けているのである。