MIXING ELEGANCE AND ESPIONAGE: THE STORY BEHIND BOND'S VESPER MARTINI

ジェームズ・ボンドが愛飲するヴェスパー・マティーニ

July 2023

英国のスパイ、ジェームズ・ボンドが愛飲するカクテルといえばマティーニだろう。エレガントで辛口、そしてさまざまなバリエーションがある。

 

 

by chris cotonou

 

 

 

 

 ジェームズ・ボンドは、いつも独自のマティーニ・カクテルを注文してきた。

 

「ステア(かき混ぜ)せず、シェイクで」

 

 ボンドがこの決め台詞を初めて口にしたのは、『007/ゴールドフィンガー』(1964年)だったが、マティーニ自体は第1作目の『007/ドクター・ノオ』(1962年)から登場しており、ウエイターがボンドに出すウォッカ・マティーニについて「ステアではありません」と念を押している。『007は二度死ぬ』(1967年)では、元諜報部員ディッコ・ヘンダーソンが、ボンドにステアしたマティーニを「シェイクではないが……」と言いながら手渡すシーンがある。ロジャー・ムーア時代の『007/私を愛したスパイ』(1977年)では、宿敵ジョーズをクルマで押しつぶしたボンドガール役のバーバラ・バックが「シェイクして、ステアしないで」とおどけ、ボンドが顔をしかめる。このように、さまざまなマティーニがシリーズを通じて登場しており、007とこのカクテルの関係は切っても切れないものとなっている。

 

 マティーニの起源は不明だが、その名前はレシピとして使われるベルモットの造り手、マルティーニに由来するのかもしれない。

 

 

 

 

 イアン・フレミングによって書かれた原作小説のシリーズ1作目『カジノ・ロワイヤル』(1953年)には、ヴェスパー・マティーニが登場する。これはゴードンのジン3、ウォッカ1、キナ・リレのベルモットを1/2の割合で入れ、氷のように冷たくなるまでシェイクして、薄く切ったレモンの皮を添えたもの。プロのバーテンダーが考案したものではなく、フレミング自身が考えたものだ。キナ・リレなど一部の材料は手に入らなくなってしまったが、今でもこのカクテルはマティーニのバリエーションとしてレシピブックに載っている。

 

 優秀なバーテンダーなら誰でも作れるはずで、ロンドンのメイフェアにある有名なデュークス・バーのように、それが名物になっている店もある。デュークス・バーは、フレミング自身も常連で、ヴェスパー・マティーニは、彼がバーに足繁く通っている間に思いついたものだという。

 

 名前の由来は、ボンドが愛した女性、ヴェスパー・リンドである。フレミングは、ジャマイカの“ゴールデンアイ”と呼んでいた別荘で、ラムベースのカクテルを作るときにもヴェスパーという名前を使っていた。このカクテルは、マティーニ・バージョンよりもさらに強く、荒々しいものだったと考えられている。

 

 

 

 

 ヴェスパー・マティーニは、コスモポリタンな場所には必ずあったが、このカクテルが現在のように有名になったのは、2006年に映画化された『007/カジノ・ロワイヤル』からである。この映画のなかで、ダニエル・クレイグ演じるボンドは、悪役ル・シッフル(マッツ・ミケルセン)とゲームテーブルで対決しつつ、実にスマートに飲み物の注文をする。それ以来、映画を観た人々が、バーテンダーにそのシーンを再現するよう頼んでいるのだ。

 

 ヴェスパー・マティーニは、ジェームズ・ボンド・シリーズのファンタジーを体現する一杯である。エレガントな諜報員に憧れるファンたちは、ボンドお気に入りの時計を身につけ、同じようなテーラード・スーツを着て、彼が選んだカクテルを嗜む。しかし、ボンドファンであろうとなかろうと、いつかはヴェスパー・マティーニを試してみるべきだ。なぜならそれは、危険なほど美味しいものだからだ。