SHISHI-IWA HOUSE designed by Ryue Nisizawa

西沢立衛が建てた アートに溢れる木造ホテル

July 2023

text chiharu honjo

 

 

 

 

 軽井沢の閑静な別荘地に佇むブティックホテル「ししいわハウス(SSH)」が、坂茂氏デザインの「SSH  No.01」「SSH No.02」に続き、3軒目となる「SSH No.03」を開業した。今回デザインを手掛けたのは、建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を受賞したことで名高い、設計事務所・SANAA 共同創設者の建築家・西沢立衛(にしざわ りゅうえ)氏。金沢21世紀美術館や豊島美術館など様々な建築作品を生み出してきた西沢氏だが、意外にもホテルを設計するのは初めてだという。環境と建築が調和する日本の伝統的な住居建築を今に生かした、最新の木造ホテルを現地で取材した。

 

 

 

 

「SSH  No.03」は、一見すると漆黒の杉で覆われたシックでモダンな建物という印象を受ける。しかし、エントランスから足を踏み入れると一転、室内は無垢のヒノキで造られた温もりある空間が現れ、そのコントラストに驚く。縁側や回廊、中庭によってゆるやかにつながる10棟の建物で構成されており、客室はわずか11室のみ。敷地の内と外に隔たりがなく、自然と建物が見事に調和しているのを感じる。

 

 西沢氏といえば、金沢21世紀美術館や豊島美術館といった、地形に寄り添う透明性のある建築物が特徴だが、この建物は伝統的な日本建築の魅力を際立たせたデザインになっている。特にこだわったのは、それぞれの棟を繋げている縁側。通路としての役割だけでなく、そこから中庭へ出たり腰掛けたりする、内でもなければ外でもない“間”で空間を仕切ることにより、部屋と縁側の両方で四季を間近に感じられる開放感のある雰囲気を生み出している。そして、縁側の途中にはゲストが交流できるリビングルームがあり、人々がほどよいプライベート感を保ちながらコミュニケーションをとれる仕掛けもなされている。実際、リビングルームでコーヒー片手にワーケーションをしていると、さながら友人の別荘を訪れたような居心地のよさだ。

 

 

 

 

 ひとつひとつ違う個性を放つ客室には、陽光が射しこむ大きな窓とミニマルな家具や設えがあるのみ。ここでは、エアコン以外の家電は存在しない。そういった環境に身を置くことで忘れていた感性が研ぎ澄まされ、木々の揺れる音や鳥のさえずりを感じとり、周囲の森に溶け込んだような一体感が生まれるから不思議だ。しばらく過ごすうちにデジタルからも離れたくなり、携帯も必要最低限しか見なくなってしまった。

 

 洋室は、床から壁、家具、天井まで岐阜県産の上質なヒノキが張り巡らされた圧巻のつくり。部屋にいるだけで、ヒノキが贅沢に香る癒しの空間が広がる。コーティングをしていない無垢のヒノキを採り入れているため、素足で歩くと木のぬくもりが大変心地よい。軽井沢だと冬はやや寒いのではないかと思ったが、床暖房も完備しているというから流石である。さらに驚くべきは、部屋の風呂も総檜でつくられていること。それだけでも十分だが、離れにあるヒノキの浴場「バスハウス」も利用できるので、広々とした空間でのんびりと寛ぎたい。

 

 

 

 

 このホテルでは、オーナーがオークションで手に入れたアートコレクションを館内の至る所に散りばめている。SSH No.03では名作家による浮世絵から1840年の歌川広重、1960年代の畦地梅太郎まで約50点ものオリジナル版画をコレクションしており、何気ない風景の中に忍ばせてある。滞在した部屋には歌川広重の版画が飾ってあったが、通常なら美術館でしか拝見できないものに違いない。

 

 また、アクティビティは、千ヶ滝へのトレッキングや目覚めのヨガ、「ティーハウス」での茶道体験、日本酒醸造所へのプライベートツアーや建築・アートツアーなどリクエスト次第で様々な体験が用意される。これらは季節によって変わるので、事前の確認が必要だ。

 

 

 

 

 滞在中の食事は「SSH No.02」にあるSHOLA(ショラ)へ足を運んだ。同レストランでは、テロワールを大切にする岡本シェフが地元の生産者の食材を使って創作するコンテンポラリーなメニューが揃う。この日のディナーコースには信州サーモンのソテーや、幻の牛と呼ばれるダボス牧場の短角和牛のたたき、長野の高級地鶏である真田丸を丸ごと焼いた迫力あるグリル料理が登場した。

 

 SHOLAの一角には、ロマネコンティのヴィンテージなど選りすぐりのワインやウイスキーを堪能できる落ち着いたバーもある。注目すべきは、ししいわハウスのスペシャル・ハウス・ウイスキー「グレンファークラス1999年」。スコットランドの蒸留所で熟成した原酒を樽ごと買いつけてボトリングし、283本のシリアルナンバーを振ってコレクションしている。国産のウイスキーとハウスウイスキーのテイスティングができるプランもあるので、好みの飲み方をバーテンダーに伝えて味わいの変化を愉しむのも乙。バーの奥にはシガールームもあるので、旨い酒を飲みながら葉巻を燻らせる優雅な時間の過ごし方も叶う。

 

 

 

 

 ししいわハウスが求めるラグジュアリーとは、ファイブスターホテルのような贅沢さではない。モノを使い捨てるというマインドをリセットして、自然を護りながら寄り添うことが新時代のラグジュアリーの在り方だとしている。「忙しない日常から離れて、静けさの中で過ごすことで心の底からくつろげた」−−−そんなふう思ってもらえる場所を目指しているのだという。自然と建築が融合し、アート、美食を堪能しながら心の豊かさも取り戻せる、真のリトリートがここにあった。

 

 

ししいわハウス

www.shishiiwahouse.jp/