DREAM MANUFACTURER

世界のファッショニスタに学べ:ヤン・デ・ベルモンビー

March 2023

2006年、上海へ拠点を移したモロッコ生まれのヤン・デ・ベルモンビー。“ドリームクリエイター”と呼ばれる彼の仕事は、今もなお情熱と魅力に溢れている。

 

 

 

text ben gu

photography zhang lu

 

 

 

Yann Debelle de Montby/ヤン・デ・ベルモンビー

1955年モロッコ生まれ。LVMHやリシュモングループなどラグジュアリー業界で、30年以上ものキャリアを持つ。2006年に上海に拠点を移し、2008年にデザインスタジオ「Debellede Montby-Dream Manufacturer」を設立。

 

 

 

 今から10年以上前、ヤンがダンヒルのグローバルイメージPRの責任者だった頃に初めてインタビューしたときのことを思い出す。彼は上海の淮海中路796番地にあるフラッグシップストア「ダンヒルハウス」の仕掛け人であり、デザイナーだ。ヒューマニズムと歴史に彩られたこの空間は、ヤンの豊かで繊細な美意識を映し出していた。数年後、ヤンは自身の会社を設立。インテリアデザインからプロダクトデザインまで、彼の直感的な性格と創造性を生かしたプロジェクトに取り組んでいる。

 

 ヤンのスタイルや人生、思い出にまつわる品々についてのインタビュー時、彼はダンヒルの特注ライターを携え、ハンドメイドの帽子とモロッコの伝統衣装を思わせるエスニックなシルクのローブを着用していた。1955年にモロッコでフランス系として生まれた彼のスタイルは、ヨーロッパとアフリカ、コスモポリタンとワイルド、洗練と素朴が融合している。

 

 彼が初めてアジアを訪れたのは、1979年の日本だったという。細部にこだわる日本人の気質に感銘を受けたことをきっかけに、アジア文化への関心と共感を深めていった。1996年には中国を訪れ、大きなダイナミズムを感じることとなる。人々の物質的な生活はまだ比較的貧しかったものの、開放的で寛容な態度、友好的で親しみやすい雰囲気に感銘を受けたという。

 

 やがて彼は家族とともに上海に移り住み、16年が経った。かつての上海の面白さや古風な存在感は失われつつある。ヤンが大好きだった東大路の骨董市はなくなり、もともとあった街区も新しい高層ビルに取って代わられた。積極的な都市開発のスピードは、かつての街の記憶を曖昧にする。

 

 これは残念なことだが、必要なことでもあるとヤンは言う。「重要なのは、根を忘れず、栄養を与えてくれる土壌を失わないこと」。新しいショッピングモールやビルには“根っこ”のない“鉢植え”のようなものもあり、見た目は美しくても、時の流れに耐えられずにその価値を失ってしまうという。

 

「街の記憶は人間のシワのようなもので、年齢の痕跡。自然で生き生きとしているほうがいい」

 

 これからもヤンの手がける仕事はその土地に根を張り、年を重ねるごとに輝きを増していくことだろう。

 

 

 

ヤンが2002年頃にダンヒルで手がけたテーブルライターのコレクション。老舗ライターメーカーBen Shillingford社とのコラボレーションで誕生したものだ。現在もコレクターから高い支持を得ている。

 

 

ヤンはインテリアのデザインを考える上で、さまざまな素材や形状からインスピレーションを得るという。メタリッククロコダイルのハンドルや希少なクロコダイルレザーは顧客のために特注で作ったもの。

 

 

エリザベス2世の甥であり、クリスティーズの名誉会長を務めるスノードン伯爵、またの名をデービッド・リンレー氏から贈呈されたという文鎮。この女神像は、もともとロンドンの旧クリスティーズ社にあったドアの取っ手だそうだ。

 

 

昨年の夏、ヤンが上海で開催したモレスキンの展示会のために作った特別なノート。表紙には彼の好きなアフリカの先住民族の木製の面があしらわれている。

 

 

数年前にヤンが、中国の老舗時計メーカーである上海時計とコラボレーションし、デザインした限定モデルの「上海月亮」。

 

 

インスピレーションを書き留めているノート。

 

 

バイクの彫刻はエグリ・ヴィンセント、おもちゃのクルマはベントレーのRタイプ・コンチネンタル。このクルマには思い出があるとヤンは語る。「5年ほど前に、ベントレーからヴィンテージのRタイプ・コンチネンタルを貸与していただいたとき、家族でヨーロッパ各地を旅行し、古城にも足を運びました」。

 

 

表面に経年変化が現れるよう特殊加工を施したオーダーメイドのスーツは、ヤンによる衣装制作の実験でもある。

 

 

中央は愛用しているノート、右はベルルッティのアンバサダー時代に作った鉛筆とペンポーチ。

 

 

愛用機材の富士フイルムのカメラとカールツァイスのアンティークレンズ。好みの写真は、アーティスティックなモノクロームだという。

 

 

割れた箇所が丁寧に修復されたアンティークの青白磁の壺。「“不完全”の美学を感じます」とヤンは語る。

 

 

 

The Rake Japan EDITION issue50