NAUTICAL BUT NICE
“所有”を超えて、“体験”へ:パネライが示す、選ばれし者の特権
March 2026
パネライは、ラグジュアリーの意味を“モノの所有”から“手の届かない世界へのアクセス”へと刷新した。イタリア軍の訓練プログラムに参加した私は、そこでラグジュアリーの本質を体感することとなった。
text justin hast
サブマーシブル クロノ マリーナミリターレ エクスペリエンス エディション
イタリア海軍の航空部隊「アヴィアツィオーネ・ナヴァーレ」にインスピレーションを得たモデル。ブラックからグリーンのグラデーションダイヤルと、ブラックマットセラミックベゼルが、同部隊のフライトギアやヘルメットを想起させる。フライバック クロノグラフを備えた自動巻きP.9100/Rキャリバーを搭載。世界限定35本。自動巻き、Tiケース、47mm。¥11,407,000(完売) Panerai
イタリア・プーリア行きの飛行機に乗り込んだとき、まさか人生で最も非凡な体験のひとつが始まろうとしているとは思いもしなかった。確かに私は数週間前に医療書類へ署名し、謎めいた訓練プロトコルを受け取ってはいたものの、パネライがイタリア軍とともに用意したプログラムに備えることなど到底できなかった。これは単なるプレスツアーやブランドイベントではない。まったく別次元の体験─それは、「サブマーシブル クロノ マリーナミリターレ エクスペリエンス エディション」の購入者たちに許された特権だった。世界各国から約30名のオーナーのほか、ジャーナリストの参加はわずか3人。私はそのひとりとして、ラグジュアリーの概念が再定義される瞬間を目の当たりにしようとしていた。それは“モノの所有”ではなく、“手の届かない世界へのアクセス”そのものであった。
パネライの体験型プログラムの存在は、以前から知っていた。他社の追随を許さない独自の取り組みを推進する様子を、私は傍観者として見守っていた。この試みは2019年に始まり、限定モデルを“一生に一度の冒険への鍵”として位置づけてきた。初年度は、イタリアのラ・スペツィアでの「COMSUBIN エクスペリエンス」。33名の購入者がイタリア海軍特殊部隊と行動をともにした。その後も、フランス領ポリネシアでのフリーダイビング遠征(フランスのフリーダイバー、ギヨーム・ネリーとともに)や、ワイオミングでの写真家ジミー・チンとの登山、俳優・反町隆史との琵琶湖でのバスフィッシング、ポジターノ沖の伝説的ヨット「アイリーン号」での航海、さらにはフロリダでの過酷なネイビーシールズの訓練(参加者全員が限界まで追い込まれたと伝えられた)など、多彩なプログラムが続いた。中でも大胆だったのは、探検家マイク・ホーンとともに19名の購入者を北極圏スヴァールバルへ導いた2023年の北極遠征だろう。今回私が参加したのは、ブランドの原点へ立ち返る─すなわち、パネライのルーツであるイタリア海軍の心臓部へと遡る旅だった。
冒険は早朝5時に始まった。前夜にホテルのベッドに用意されていた制服を頭からつま先まで身に纏い、一同は戦争映画さながらの軍用バスに乗り込んだ。1時間ほどかけて到着した海軍埠頭には、世界各国の軍艦が並び、その中に我々の拠点となる艦艇「ナヴァーレ・カラビニエリ」が停泊していた。最も印象的だったのは、参加者全員がこの体験をいかに真剣に受け止めていたかということだ。もちろん、国旗掲揚式は写真撮影のための演出ではない。我々もきちんと整列し、艦長に敬礼し、日常の軍儀式に加わることになった。そこにいたのはイベントスタッフではなく、前例のない形で招いてくれた、本物の海軍関係者たちだった。

イタリア・プーリア州のターラントにある、イタリア海軍の航空部隊「アヴィアツィオーネ・ナヴァーレ」の基地へ向かう一行。
その日は複数の訓練をローテーションで体験した。指揮所では戦闘シミュレーションに参加し、敵機接近の報告を叫びながら防御陣形を指示。ミサイル装填の手順を学び、消防装備を身につけて火災鎮圧を行い、現役兵士たちと同じ食堂で昼食をとった。すべてが緻密に計画されていたが、何ひとつ作り物めいたところがない。ある将校がこう言った。「我々が完璧にこなすのは、ロジスティクスだけだ」。まさにその言葉通りの精度だった。
2日目は緑色の新たな装備で、空軍との冒険が待っていた。朝7時、中庭で国旗掲揚式に参加し、イタリア国歌を大声で歌いながらふと思う─「自分はいったい何をしているのだろう?」
だが訓練はさらに激しさを増す。暗視ゴーグルの訓練、ヘリコプター整備の実習、戦闘機シミュレーション。そしてクライマックスは、海上救出訓練。我々は海に投下され、負傷者救助と同じ手順でヘリに引き上げられる予定だった。ところが、初回のグループの訓練でヘリのウインチが故障した。地中海に浮かぶ参加者たちを想像して笑ってしまった─パネライを腕に巻いた彼らが、ヘリが引き返すのを愕然として見守る姿を。しかしその時、はっと気づいた。これは想像なのではない、リアルなのだ。我々はまさに実践の真っ只中にいるのだと。
この体験を特別なものにしたのは、訓練内容以上に人々そのものだった。イタリア軍のパイロットや整備士、兵站担当者たちは、誇り高く、真のプロフェッショナルだった。彼らは地中海を誰よりも知り尽くし、アメリカ空軍と同型の世界最新鋭の戦闘機を操る者たちである。
なかでも忘れられないのは、一日中私たちのグループの世話をしてくれた兵士が、自分の胸からバッジを外し、私の胸につけてくれた瞬間だ。首筋の毛が逆立つような感覚だった。この兵士は、何年もかけてその制服、そのバッジ、その地位を勝ち取ってきた男。私はたった一日だけそれを身につけたに過ぎない。その行為の謙虚さと心の深さに圧倒され、思わず言葉を失ってしまった。
この日の終わりには、隊員たちの恒例のバーベキューが行われた。家族から離れた生活を支えるための温かな時間は、この基地の伝統行事で、基地司令官が率先してビールを注いでくれる。地元の肉が振る舞われ、音楽と笑いが溢れる中、南アフリカ、オーストラリア、中国、シンガポール、香港、ドイツ、テキサスなど世界各地から集まった参加者たちが、単なる時計愛好家ではなく、深い体験を共有した仲間として結びついていった。
疲れ果てながらも高揚したこの2日間、“時計”は脇役だった。確かに参加者は皆、それぞれのパネライ─エクスペリエンス エディションを着ける人もいれば、別のモデルを着ける人もいた。そして、リシュモン傘下となる以前のパネライ製の計器が今も海軍艦艇で使われているのも実際に目にすることができた。だがこの2日間においては、プレゼンテーションやセールス行為も、強制的なブランドメッセージも一切なかった。だからこそ、このプログラムはこれほどまでに特別で力強いものとなったのだ。
SH-90ヘリコプターを見学。
長年遠くから眺めていたパネライのエクスペリエンスプログラムに、実際に参加して初めてそのアプローチの卓越性を理解した。過去5年間のプログラムを振り返ると─フリーダイビング、特殊部隊訓練、北極探検、地中海航海─どの体験も、パネライのDNAと深く結びついている。海、探検、イタリア軍のレガシー、そして人間の限界に挑戦する非凡な人間たちとのパートナーシップである。
購入時点での市場の価値ばかりに目が行きがちな時計業界において、パネライは本当に価値あるものを生み出している。それは、本物の人的つながり、二度と繰り返せない体験、そして何十年も語り継がれる物語である。参加者たちは、大多数の人間が決して踏み込めない世界へアクセスできたのだ。この体験型アプローチは、時計業界が長年苦しんできた課題─単なる高額商品の購入が空虚に感じられる時代に、いかに価値とコミュニティを創造するか─を見事に解決した。
プーリアを後にした私は、疲れ果てながらも不思議な充足を感じていた。パネライはこの時代における新しいラグジュアリーの形を提示する。それは、リミテッドエディションとしてのダイヤルのバリエーション違いでも、技術的な改良にとどまるものではない。真に“手の届かない世界へのアクセス”を実現するものだ。ブランドが製品だけでなく、コミュニティや物語など、人に投資する─そこに未来がある。この旅の話を聞いた人々が驚嘆するのも当然だ。どれほど雄弁に語ろうとも、その場にいなければ本当の価値は決してわからない。それこそが、この体験の価値の核心といえる。
『THE RAKE 日本版』Issue68より抜粋













