SURVIVAL INSTINCTS

イタリア海軍特殊部隊の訓練付き限定ウォッチとは

July 2023

この時計を買うあなたはどんな準備をするだろうか?パネライが考えた夢のプランに本誌ライターが参加。悲しいことに、あっさり限界に達してしまった。

 

 

text simon de burton

 

 

カモフラージュ柄の頑丈なラバーストラップとアーミーグリーンのセラミックベゼル、ケースバックに施された「XPERIENCE」ロゴのエングレービングが特徴。この時計を手に入れた幸運なオーナーたちは、イタリア海軍特殊部隊の訓練体験に参加できる。世界限定50本。自動巻き、Ti(DLCコーティング)ケース、47mm。

 

 

 

 高級品について25年も書き続けているうちに、いわゆるラグジュアリーなライフスタイルに共通する特徴は“受動性”だということに気がついた。何でも他人にやってもらったり、特に何もせずにのんびりしたり、退屈なほど安全で、おそらく誰も必要としないものを所有する……まあそんな感じのことだ。

 

 そこで賢いマーケティング担当は、顧客自らがアドレナリンを噴出する状況に身を置くことにお金を出す方法を考案した。パネライは、怒鳴られたり貶されたり肉体的に痛めつけられたりする究極の“体験”を付属して時計を販売したのだ。

 

 この試みは、サブマーシブルのふたつのスペシャルモデルの製造許可を与えたイタリア海軍特殊部隊との提携で実現した。スタンダードモデルは、DLC処理されたチタン製ケースに青いセラミックベゼルを搭載し、ケース背面には潜水士の姿が刻まれている。一方、“エクスペリエンス”モデルは、アーミーグリーンのベゼルとリュウズ、赤のディテールが効いた文字盤、カモフラージュ柄のストラップが付属。背面には「XPERIENCE」の文字が施される。

 

 僅かなデザインの違いの割に価格が違いすぎることに気づいたあなたは正しい。実は“エクスペリエンス”モデルを購入した50名は、イタリア海軍特殊部隊の訓練に2日間参加できるのだ。こうした体験はお金では買えないもので、ミリタリーマニアなら喜んで参加したがるに違いない。

 

 ある日、パネライからThe Rake編集長宛てに、「時計を買わずにこの体験をしに来ないか」というオファーが来た。そして編集長は、“砲弾の餌食”という記入欄を一瞥するやいなや、私の名前を書き込んだのだ。そんなわけで私は、イタリア流の熱いシゴキを受けることになった。

 

 プーリア州の豪華なリゾートに案内された我々は、伝統的な建築が建つ村を観光し、地元食材のディナーを堪能した。しかし、その後すぐに現実を思い知らされた。あとはそれぞれの棟に戻り、エジプト綿のシーツの上で寝るだけだったのだ。翌日朝7時の起床(フロントの絶世の美女からのモーニングコール)の後は、予想通り、事態が明らかに厳しくなった。

 

 

軍用ヘリコプター、NH90。

 

 

 

 我々は兵舎に到着するなり野戦服とヘルメット、ブーツ、グローブを渡され、4つの班にグループ分けされた。私は「デルタ班」所属となり、その日一日を23歳(私の年齢の半分以下という若さ)の水兵長に怒鳴られて過ごすことになった。まずは部隊長からの“歓迎”を受けるため、隊列を組むように命じられた。

 

 部隊長は大声で挨拶した後、“決められた姿勢で”の腕立て伏せ20回を命令した。胸板の厚い50歳の彼は、難なくそれをやって見せた。次に我々は戦闘行動へと送り込まれた。最初に行うのは、ペダニェという地域で攻撃用舟艇に乗ることだった。ここでは海からビーチへの展開の練習や、ベレッタの自動小銃(レプリカ)で武装し建物を制圧するためのチーム行動を学んだり、白兵戦の基本を教わったりした。

 

 

イタリア海軍特殊部隊の軍事訓練を体験するパネライの顧客たち。

 

軍用ヘリコプターNH90によるピックアップ。

 

武装したデンジャラスな筆者。

 

 

 

 昼食の時間になり、我々は支給された食料袋にある缶詰を開けて食した。ターキーのゼリー寄せを食らう勇者は誰もいなかったが、リゾットとパスタはまあまあいけた。昼食後は桟橋へ戻り、RIB(複合艇)と呼ばれる軍用ボートに乗り込む予定になっていた。ところが班の仲間が行進中に「止まれ」の号令を聞き損ねたため、腕立て10回が課せられた。その後はAAV7を搭載した船に乗り込んだ。AAVとはAssault Amphibious Vehicleの略。水陸両用強襲輸送車のことである。

 

 ハッチで密閉された真っ暗の車内に座っていると、鉄製の乗降スロープを下りていく音に続いて、ものすごい振動に襲われた。自分が今、29トンの金属の塊に入っていて、しかも海にいる、ということがよくわかった。方向感覚がなくなる海上作戦をいくつか行ったが、その後再びスロープを上がり、軸を回転させて停止し、同じことを最初から体験させられそうになった。想像を超える過酷さに、流石に脱落していくメンバーもいた。何人かが、ディーゼル燃料の煙で息が詰まるし、エンジンの轟音に苛まれながらもう一度やるのは嫌だと言い出して、ここで「ハッチを開けてくれ」となったのである。

 

 船のデッキへ戻った我々は、海賊を掃討する練習をしたり、操舵室の主導権を奪還する訓練を行ったりした。特殊部隊はいつもこれをやっていて、数百万ドル相当の貨物を積んだ船を平気で襲うことしか頭にない、現代のジャック・スパロウみたいな連中を相手にしているらしい。

 

 2日目はさらにキツく、本物の銃器を使った射撃や、ブローニング機関銃(弾は無し)を操りながら装甲車で砂丘を駆る体験軍用ヘリコプターNH90で基地に帰還するドラマチックな飛行などが行われた。それから、高さ15mの塔のてっぺんまでハシゴで登った後ロープで地上に滑り降り、反対側のクライミングウォールを登るという、目眩がしそうな体験を終えて我々のロールプレイは終了となった。タイムスケジュール管理がなかったおかげで、ここで日が暮れてしまったのだ。結局我々は恐ろしくキツい12の課題のうち5つしかこなせないまま、再び部隊長と対面した。当然ながら、追加で腕立て伏せ20回が課せられた。

 

 このイベントから約1週間後、パネライはNavy SEALs(米国海軍特殊部隊)とも類似の提携を結び、特別なサブマーシブルを3モデル生産すると発表した。やはり10本限定で“エクスペリエンス”モデルがあり、「Navy SEALsの歴史に没入し、訓練で欠かせない肉体的・感情的・精神的な要求に直接触れられる貴重な冒険への挑戦権」が付いているそうだ。……うん、遠慮させていただこう。